循環器

「猫の心臓病」猫の心筋症の話

「猫の心臓病」猫の心筋症の話

心臓の役割は、全身に血液を休むことなく送り出すというシンプルなものですが、こと心臓病となるとさまざまな種類があります。人では心筋に酸素と栄養を送り込むための冠血管が詰まるようないわゆる虚血性心疾患が多く、犬では心臓の弁膜が変性し血液の流れに逆流が生じてしまうようなうっ血性心疾患が多いとされています。

「それなら猫は?」というと、心筋そのものに異常をきたし、血液をしっかり送り出せなくなる心筋症が大変多いとされているのです。なかでも心筋が異常に厚くなる肥大型心筋症(HCM)は、猫の⼀般的な集団における有病率が約15%と推定されています。

(アメリカ獣医内科学会(ACVIM)のコンセンサスステートメント/2020年2月14⽇ DOI: 10.1111/jvim.15745)

肥大型心筋症は、心筋が厚くなることで、心臓の内腔が狭くなり、血液の流れが制限されます。それにもかかわらず、猫では無症状のまま生活していることが多く、以下のいずれかの転帰をたどることになります。

  1.悪化することなく生涯を全う

  2.突然、左心房が重度に拡張しうっ血性心不全になる

  3.突然、動脈血栓塞栓症を合併する

  4.少数は、症状なく突然死

この2~4によって亡くなる、いわゆる心臓関連死亡の累積発⽣率は診断時の年齢に関係なく、5年間で約23%と言われています。

(同じくACVIMのコンセンサスステートメント)

犬のように咳が出たり心不全の兆候が出たりするような途中経過がなく、突然重症化するのです。なかなか飼主の方に心臓が悪いということを気付いてもらえないうちに、急変というショッキングな日を迎えてしまいます。ここは、私たち獣医師の出番ということで、症状のない間にいかに心筋症と診断するかということになります。

診断は聴診器を用いた心音のチェック、血液検査(NT-proBNP)、X線検査、超音波検査などによります。心音での異常の検出は50%程度、スナップproBNPでは感度86%,特異度 81%で心筋症を検出できると言われています。

(後藤ら(2017)第107回日本獣医循環器学会名古屋)

猫の心筋症の原因はよく分かっていませんが、遺伝的要因が大きいとされています。一部の品種はこの病気になりやすいことが知られており、遺伝子検査(R820W変異)はメインクーンとラグドールで推奨されています。顔が大きく体格も大きな猫は要注意と著名な循環器専門医の先生がセミナーで力説されていたことを申し添えておきます。

そこで治療というお話になるのですが、近年の研究で各種心不全治療薬が、無症状からうっ血性心不全になる期間を延長する効果はことごとく否定されてしまいました。以下は効果を確認できなかった心臓用薬とそのリサーチャーの一覧です。

・アンギオテンシン変換酵素阻害剤(べナゼプリル) Taillefer M & Di Fmscia R (2006)

・Caチャンネル拮抗薬(ジルチアゼム) Taillefer M & Di Fmscia R (2006)

・β遮断薬(アテノロール)  Jung SW & Kittleson MD (2011) 他

・スヒロノラクトン MacDonaIdKA etal (2008)

ピモベンダンは、犬で僧帽弁逆流症治療の主役となってから、肺水腫をきたす症例が大きく減少したことから、猫でもその効果が期待されています。また、動脈血栓塞栓症が懸念される症例ではクロピドグレルの投与が推奨されています。とはいえ、ストレスの少ない生活を送らせることが数少ない治療の主体というのは、いかにも心もとない状況です。

そこに勇気をもらえる情報が飛び込んできました。

心筋の肥大を促進すると考えられているIGF-1(インスリン様成長因子1)とインスリンの血中濃度の上昇が、高タンパク・低炭水化物食でEPA+DHAを強化した食事を続けることによって抑制され、心筋の厚さが減少したというのです。

44頭の肥大型心筋症の猫を2グループに分け、この試験食と一般的な食事をそれぞれに給与し、スタート時と6か月後および12か月後に心エコー検査やいくつかの心臓バイオマーカーを精査・比較したものです。

この研究では、試験食を12か月摂取した後の左⼼室壁肥⼤の中央値は、⼼室肥⼤の診断カットオフ値(6mm)を下回っていたという結果が出ています。

猫では心エコー検査により左心室遊離壁の厚みが6mmを越えた場合に心筋症と診断されます。)

驚くべき結果なのですが、残念ながらこの論文では12か月で調査が終了しており、心筋の厚みが基準値内に戻ったことで、病気の進⾏を遅らせたり、生存期間を延ばしたりする可能性を示唆しつつも明言は避け、「試験食での壁厚の退縮が臨床結果にどのような影響を与えるかは不明であり、より⻑期の追跡調査を実施する必要がある。」と結んでいます。

その後どうなったのかというと、

試験食が姿を変え、ロイヤルカナンから「猫心臓サポート」という名前で市販されました。

臨床での有用性はこれから検証が重ねられ、蓄積されていくことでしょう。研究者の努力に拍手を送るとともに、大いに期待したいと思います。

(文責 吉内)


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