皮膚科

アトピーの話(その2)

アトピーの話(その2)

  「覆水、盆に返らず。」という諺がある。英語にも同じような諺があって、「It is no use crying over spiltmilk.」と言うのだそうだ。確かにやってしまったことは仕方がない。もう元には戻らないのだ。それを、日本語では「水」で、英語では「ミルク」で表現し、しかも、日本語では盆に返らずと妙に客観的にいや達観的に認識しようとしているのに対し、英語では嘆きとあきらめといった感情的な認識が表に出ていて面白い。単に言語の違いだけでもなさそうで、民族性を感じずにはいられないのだ。

  その「spilt milk」ではないのだが、「spilt over theory」なるものがある。しいて言うなら「あふれ出し理論」となるのだろうか、「スピルトオーバー理論」が通り名だ。これは、アレルギーの症状発現と体内に取り込んだ抗原量の関係を説明しようとしている仮説だ。体内に取り込まれる抗原には、吸入性のもの、食事性のもの、そして接触性のものがある。それぞれにいろいろな種類の抗原が含まれるのだが、その総和(合計)が一定量を超えたときにアレルギーの症状が出るというものだ。この仮説によって、アレルギーの治療に相当大きな広がりができたといえる。 (以下、5月のコラムの続き)
 
  「アトピーの治療となると、最終的にステロイドのことを考慮に入れざるを得なくなります。しかし、若いころから安易にステロイドの内服とかは、避けたいですよね。」

  そういって、アトピーの治療の話を始めた。

  たとえば、ノミアレルギー性の皮膚炎などは、犬の皮膚炎の中では最もカユミが激烈で、夜も眠れず、尻尾の付け根に穴を開けてしまうほどに症状が激しい。原因もノミの唾液に対するアレルギーとはっきりしているわけで、短期的にステロイドで炎症やカユミを引かせ、同時にノミの根絶を実行すれば解決してしまう。そんな場合には、有益性が副作用をはるかに上回るわけで、ステロイドの使用は肯定されるだろう。

  アトピーの場合にも、炎症やカユミがあまりにも激しければ、一時的なステロイドの使用は考慮しなければならないかもしれない。しかし、原因のほとんどがハウスダストマイトであり、それが根絶できるわけでもなく、1年を通じてずっと症状が続くことも考えなければならない以上、ある程度症状が沈静化していれば、ステロイド以外の年間を通じて継続可能な治療法が必要となる。実際、さまざまな治療法が提唱され、それなりの効果を上げている。なにより、そのおかげでステロイドの使用頻度や使用量が大きく抑えられることは、アトピーを持つ動物にとって大きな恩恵となるだろう。

  「アトピーのカユミには、劇的にステロイドが効奏します。相当に症状が激しければ、短期的に使用せざるを得ないでしょう。しかし、長期投与されるステロイドには、あまりにも多くの問題が発生してしまいます。そこで、症状を悪化させないような治療、もしくは長い目で見てステロイドの使用量を減らすことのできる治療が望まれるところです。つまり、一言でいってしまうと、ステロイドを切り札として持ちながら、それに頼らない治療ということですね。」

  バンバンくんのお母さんは真剣そのもので、うんうんと頷きを返してくれる。ますます、説明に熱が入ってきてしまう。

  そのような治療には、シャンプー療法、食事療法、脂肪酸療法、抗アレルギー薬の投与、抗ヒスタミン薬の投与、そしてステロイド代替薬としての免疫抑制剤の投与が含まれる。

  もっとも効果的で簡単なのはシャンプー療法だ。5月のコラムで説明したとおり、犬のアトピーは最終的に皮膚に抗原が付着することでカユミを生じる。したがって、付着している抗原を洗い流してやればよいということになる。労力は必要だ。大型犬では頻繁にシャンプーというのは洗う方がシンドイに違いない。しかし、小型犬であれば週3回くらいは可能だろう。繰り返し使用しても皮膚に刺激性のないシャンプーがよい。できればカユミを抑える効果のあるオートミールシャンプーやごく最近では脂肪酸シャンプーなども利用可能だ。カユミがうんと減る上に、ワンちゃんはいつもシャンプーのいいにおい。家族の人にも十分受け入れ可能だろう。

  次が食事療法。これも、生きている以上何かは食べるわけで、その何かが治療用フードであってもおいしければ問題はない。理屈では非常に簡単だ。アトピー向けのフードの考え方には二通りある。ひとつはカユミの伝達という部分で脂肪酸カスケードに注目し、カユミが伝達されにくく炎症を起こしにくい皮膚に保とうという考え方に基づいて設計されたもの。そしていまひとつが、冒頭のスピルトオーバー理論に基づいたアレルゲン制限食だ。確かにアトピーの原因の大部分は吸入性+付着性のハウスダストマイトだが、症状の発現は体に取り込んだ抗原の総和が一定量を超えたときなのだから、食事性の抗原を減らせば、ハウスダストマイトだけでは一定量を超えずに済むということもありうる。したがって、食事中の抗原をなるべく排除したフードには、アトピーの症状発現の限度を押し上げる効果が期待できる。除去食とか、新規蛋白食とか呼ばれるものだ。歴史的に口にしたことのない蛋白源は少なくともある一定期間アレルゲンとは認識されない。現在入手可能なフードには、ナマズ、アヒル、サーモン、ラムなどを蛋白源としたものがある。最近では低分子食と呼ばれる、抗原認識されないレベルにまで蛋白質の分子量を落としてあるものが登場している。効果はケースバイケースだろうが、一般食を食べるよりはうんといい。ただし、せっかく食事性の抗原を制限しているのだから、間食はこの治療をぶち壊しにしてしまうので要注意というところだろう。

  脂肪酸療法というのは、食事療法の一つと同じ考え方に基づいて、脂肪酸カスケードによるカユミの伝達を抑えようとするものだ。サプリメントとして必須脂肪酸の1つを大量に与えることで効果を得る。

  その他、カユミの原因となるヒスタミンに拮抗する「抗ヒスタミン薬」や、アレルギー反応そのものを起こりにくくする「抗アレルギー薬」などは、ステロイドと比較して副作用はほとんどないが、効果もそれなりというところだ。

  最後に、シクロスポリンという薬剤がある。この薬剤は、そもそも腎臓移植の後におきる拒絶反応を抑えるためなどに使用されてきたいわゆる「免疫抑制剤」というカテゴ リーに入るものだ。そして、自己免疫性貧血などの免疫疾患にも用いられるようになり、ステロイドと比較して副作用が予測できる上に、重大な問題がかなり少ないことから、ステロイドの代替薬として注目を浴びている有望な薬剤だが、残念ながらステロイドとは比較にならないくらいに高価な薬でもある。将来的にコストが下がればアトピー治療薬として考慮も可能だろう。

  以外には、減感作療法と呼ばれる、抗原液を数ヶ月から数年の長きにわたり繰り返し注射し、体がアレルゲンを抗原と認識できなくさせてしまうという、いわば逆療法的な治療法や、最近では、遺伝子治療まで試みられている。

  「大急ぎではありますが、アトピーの治療について説明させいていただきました。わかって頂けましたでしょうか?」

  「ええ、すごいですね。なんとかステロイドに頼らずにやっていこうと、いろいろと考えられているんですね。」

とお母さん。

  「で、うちのバンバンはどうしたらよいのでしょう?」

  なんと冷静かつ的確な質問。アトピーのことをわかってもらおうと熱ーくなって、肝心のバンバンくんの話がまだ終わっていなかった。

  「バンバンくんのまぶたのカユミは相当なようですから、短期間だけフルオロメトロンという副作用の少ないステロイドを点眼しましょう。」

  「でも、内服はしないでおきましょう。そのかわりに、シャンプー療法とできれば食事療法もお始めになりませんか。」

  「わかりました。シャンプーやフードはこちらで出していただけるのですか。ぜひ始めたいと思います。」

  母さんは、目をくるくると動かしながら、診察台の上に広げたシャンプーとフードのパンフレットをめくり始めた。その傍らで、バンバンくんも嬉しそうにフードのサンプルのにおいをクンクンと嗅いでいる。

  「バンバンくん、よかったね。きょうは痛いことなし。おいしいものもらえるよ。」

  そう話しかけたとき、バンバンくんが

  「サンキュー」とピースサインを出したような気がした。

(文責:よしうち)


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