2004年8月1日
形成外科
足の裏の話
自分が小学生だった頃、体育の時間に履いていたのは「運動靴」だった。足の甲のところがゴム製で、「ズック靴」と呼んでいたような気もするが、実はズック製ではなくビニル製だった。中学生になりテニスシューズやバスケットシューズのような靴を履いて通学するようになり、「ひも靴」を履くようになった。その頃から、「スニーカー」という呼び名の靴が一般的になったような気がする。今では、エアーの封入された対衝撃性の高い運動用の靴から、革靴であっても外反母趾にならないような工夫のされているものまで、おおよそあらゆる用途の靴が売られ、何より機能性だけではなくファッション性にこだわった靴が多いようにも思う。いずれにしても、人はその目的、用途に合わせ幾種類もの靴を履き分けることができるのだが、同じ環境に住みながら、犬や猫たちはたった一つ、「肉球」という靴しか選択できない。
この「肉球」、単に「パッド」という言い方をすることの方が多いかもしれないが、相当に特殊な仕組みを持った皮膚なのだ。どのあたりが特殊かというと、まず、全身の皮膚の中でもっとも丈夫だ。そして、ショックや外力を吸収し、摩擦力に対しても強靭にできている。これは、非常に分厚い表皮と真皮によるもので、その角質層は普通色素沈着して厚く角質化している。そして、表面は粗く、センサーの役割をする円錐乳頭が存在している。その皮膚の下にはやはり相当に厚い皮下織があり、全体として一定の圧力と緊張を保ち、ショックを吸収するようにできている。ナイキであろうがニューバラであろうが、こんなセンサーつきの自己修復力を持ったスーパーシューズは作れない。良くできていて当たり前だろう、彼らは、雨の日も雪の日も、氷上であろうが瓦礫の山であろうが、パッドで歩くしかないのだから。
次のカルテはと手に取ると、ビーグルのセナ君、3歳。「足の裏がボロボロ」と問診表に書いてある。「???」どういうことなのか想像もつかない。さっそく診察室に入ってもらった。
「先生、実はきのう玉川峡へキャンプに行きまして。1泊だけなのですが、セナが喜びましてね、川原の石の上を走りまくって、その時は平気だったのですが、今朝起きてセナを見ると歩きたがらないんですよ。で、今、キャンプ帰りにこちらへ寄らせていただきまして。」
とお父さん。お母さんも横で頷きながら、
「足の裏を見て、びっくりしたんです。」
「川原の石ころを良く見てみると、あちこちに血のあともついてたんですよ。気づきませんでした。」
「血ー出ててん。ほんまやで。」
と、日焼けして真っ黒になっている小学校低学年くらいだろうか、息子さんも一生懸命説明しようと身を乗り出してきた。
さっそく、足の裏の状態を診ようとすると、セナ君は痛そうに見せまいと隠してしまう。お父さんお母さん看護婦さんの3人がかりで横臥にしてもらい、4本足をまとめてチェックした。軽い裂傷、角質の剥離創、擦過傷のオンパレードだ。
「派手にやってますね。でも、縫合が必要な傷はありません。傷をきれいに洗い、軟膏を塗布してガーゼで保護し、バンデージをしばらくしておくという処置で大丈夫でしょう。パッドの傷ですから、普通の皮膚よりは治るのに少し多くの時間が必要ですが、日にち薬と考えてもらえればOKです。」
「ホッとしました。」とお父さんとお母さんが同時にステレオで安堵の声。
傷の処置を始めながら、肉球の外傷の話を始めた。肉球はショックを吸収するためにゴムまりのように内圧がある。したがって、完全に裂開してしまうと、傷口が内圧で余計に拡がろうとする。小さい傷であればある程度の圧迫をかけたバンデージで治るが、大きければ縫合とバンデージの両方が必要で、二期癒合に頼ってそのまま自然治癒させようとすると、裂開部に隙間があるため結合織が入り込み、その部分だけ肉球特有の構造を失い、生涯その部分の潰瘍に悩まされることになったりする。いったん深い傷を受けると厄介な部分といえる。
「セナ君は、この程度で済んでよかったですね。ガラスとかを踏んでいたら大変だったですよ。」
傷の処置に時間がかかることをいいことに、
「肉球という部分は、歩くということにかけては本当に大切な部分で、肉球を失うと、いくら骨格や筋肉が正常でもその足を使ってくれないものなんです。肉球に存在するセンサーが働かないと、安心して地に足をつけないという本能が働くのですね。」
と肉球の話を続けた。
以前に塗装屋さんのご主人が散歩から返ってきた愛犬に水を与えようと店の前に停めてあった軽トラックの荷台にリードを結び、水を汲んで戻ると軽トラックがない。奥さんが愛犬がつながれていることに気づかず軽トラックに乗り込んで集金に出てしまったのだった。結果は悲惨であった。最初は多分必死で走ったのだろうが、途中からはアスファルトの上を水上スキー状態になったらしい、しかも当然素足で。信号で止まったときに後続車に教えられ、頭が真っ白になって来院された。
両手の平の一番大きな肉球はカンナで削ったように欠損し、何本かの指の骨がやはりカンナで削ったように磨り減り、露出していた。関節部分で反転している指もある。爪はない。どういう具合に引きずられたのかは想像するしかないが、この状態は歩行ということに関して致命的かもしれない。駄目になった指を切除し生き残った肉球を手の平に移植し縫い付ける。パズルのようにやりくりをして体重を支えられる骨格と肉球の温存を最優先する。そんな手術のあと、彼は何とか歩けるようになったのだった。
「すごい話ですね。肉球がそんなに大切とは考えても見ませんでした。」
と、お父さん。
「そうですね、指の肉球ひとつを手の平に何とか移植し生着すれば、指はなくても歩行は可能といわれています。逆に指がすべて残っていても、肉球がなければ歩けません。」
「子犬や子猫を抱っこしたときに、肉球は本当に触り心地がいいですよね。思わず自分のほっぺに肉球を押し付けたことが皆さんおありじゃないでしょうか。あの愛おしさがこの場所の損傷治療には必要なんですね。」
「余計な話をしてしまいました。セナ君にはしばらく通院をお願いします。バンデージでパッドを保護する必要があります。角質化した部分は癒合しませんが、表皮層が癒合すれば、あとは日にちで新しい角質が形成されます。」
「良くわかりました。きちんと通わせていただきます。」
とお母さん。
四肢にバンデージをされたセナ君は、気になってブルブル手足を振るようなしぐさをしている。けれど、バンデージのおかげで痛みは薄らいだのだろう、がぜんいつもの元気さを発揮し始めた。
「元気なのもいいけど、バンデージ取らんといてや! 悪さはアカンで!」
と、お父さんお母さんに心配をかけたセナ君にお叱りを一発。
(文責:よしうち)
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