2005年7月1日
眼科
なみだの話
毎日暑い日が続き、梅雨だというのに雨がほとんど降らない。太平洋高気圧の勢力が強くなったり弱くなったり、梅雨前線が日本列島の南海上から日本海側まで上がり下がりするのだが、なぜか近畿や四国の上には居座らない。新潟のように降りすぎて河川が氾濫するのも難儀だが、降らなくて河川や湖沼、ダムが干上がってしまっては、生活水や農業・工業用水にも事欠き、大変なことになってしまう。降るべきときに降っていただくのが、世の中平和というものだろうが、なかなかうまくは行かないものだ。
同じように、人間や動物たちにもカラ梅雨みたいな病気がある。乾燥性角結膜炎(KCS)がそれだ。悲劇のヒロインが毎夜泣き明かし、とうとうなみだも枯れ果ててしまった、というのとは意味が違う。健康な人でも動物でも、常に涙腺からは涙液が分泌され、眼球の表面を潤し続け、そして透明な角膜が維持されている。この涙液の分泌量が減少してしまい、角膜や結膜が乾燥して激しい炎症を起こすのが乾燥性角結膜炎だ。
次のカルテはと手に取ると、トイプードルのルナちゃん8才。目ヤニがひどいとメモ書きがある。ひどい目ヤニを伴う眼病は数多くある。単純な結膜炎や軽い角膜のキズくらいなら良いのだがと考えながら、診察室に入ってもらった。
「両の目とも目ヤニがひどいのですか?」
と、問いながらルナちゃんの顔を見る。
「いえ、あの、向かって左っ側の、えーと、左目?じゃなくて右目だけなんです。」
と、少々混乱気味のお母さん。
「向かってとか考えずに、本人にとってお箸を持つ手のほうの目が右目ですよ。あは、犬はお箸を持ちませんけど。。。」
と、冗談を言うとやっとお母さんは落ち着いたようだった。
「取っても取っても目やにが出てきて、目を開けてるのも辛そうなんです。」
「そうですか。」
相槌を打ちながら、お母さんの顔ばかり見ているルナちゃんの顔をのぞき込み、じっくりと目を観察し始める。その時、右の鼻の穴だけに乾燥した鼻クソがこびりついているのを決して見逃しはしなかった。それで十分に疑いは濃厚なのだ。
「うーん、これはちょっと厄介かもしれません。」
そう言いながら、何を疑ってどんな検査が必要なのかを説明し始めた。
目の表面は常に涙の膜つまり涙液膜でおおわれ、角膜は乾燥から保護されて透明でフレッシュな状態に保たれている。この涙液膜はそのほとんどが涙腺から分泌される液層から成るが、角膜上皮に液層がうまく乗っかるように粘液層と呼ばれる薄い層が角膜上皮と液層の仲をとりもち、さらに液層の表層には脂質層と呼ばれる薄いあぶらの層があって液層を壊れにくくしてくれている。みごとな仕組みだ。その大部分を構成する液層の分量が不足すればうまく涙液膜が保てず、角膜は空気にさらされ、乾燥し、細菌が繁殖し、結膜までもが炎症を起こす。そしてジューシーな目ヤニではなく、妙に粘り気のある拭き取りにくい目ヤニがまぶたやまつげにベタベタ付着することになる。ひどいときには角膜が完全に乾燥し、眼球にかさぶたができてしまうほどのこともある。
涙腺で作られた涙液は瞬きのたびに新たに補充され、古い涙液は目頭近くの上下2箇所の涙点と呼ばれる穴から涙管へ入り一つになって涙嚢を形成し、鼻涙管を経て鼻涙孔から鼻へ抜ける。人の鼻涙孔は鼻の奥にあるが、犬猫のそれは鼻の穴近くに開口している。人が悲しくなって大泣きすると鼻の奥がグスグスいうのはそのせいだ。犬猫で涙液の量が少なくなれば鼻涙孔近くが乾燥し、鼻孔に乾いた鼻クソの付着することが多い。
「ということで、涙の量が少なくなる病気を疑っています。眼球の表面を見ても、ツヤツヤしていない感じがするでしょう?」
そう言いながら、洗眼の用意とシルマーティアテストの用意を看護婦さんに指示する。
「まず眼を洗ってネバネバの目ヤニを取り除き、それから、なみだの量を測る検査をします。」
そう断って洗眼を始めた。付着した目ヤニを取り除くとルナちゃんはいかにも気持ちよさそうだ。
次にシルマーティアテストを実施した。番手の決まった特別なスティック型のろ紙の端を折り曲げ、下まぶたに引っ掛けるように挿入しそっとまぶたを閉じたまま1分間。何mmの長さがなみだで濡れるかという単純な検査だ。多くの犬は17-22mmだが10mmあれば問題はない。5mm以下なら乾燥性角結膜炎、 5-10mmがボーダーということになる。
果たしてルナちゃんの結果は右5mm、左15mmということだった。
続けて角膜の損傷を見るためにフルオレッセインという蛍光色素を眼に入れ洗眼した後にコバルトブルーの光で角膜を照らす。傷んだ角膜上皮は染色を受け付けてしまい、健全な部分は染色されない。ルナちゃんは広い範囲ではあるが非常に浅い損傷を受けている程度だった。
結果を伝えながら、乾燥性角結膜炎としてはまだそんなに進行していないこと、経過も短期間であることから、改善の余地が十分に残されているというお話をした。
「この病気の原因はいくつかあるのですが、全身性の病気や涙腺萎縮するような外傷・眼病・中毒がなかったようですから、自己免疫性涙腺炎の可能性が最も高いですね。」
「角膜の傷み方も軽くて、血管新生や潰瘍は見られませんので、ほんとに眼の異常が出て直ぐに病院へ来ていただいたものと思います。ですから、自己免疫を抑える目薬を点眼していただくことで涙腺が活動できるようになれば、急速に症状は良くなると考えています。」
「そうですか。急いで先生のところへ来てよかったです。」
と、お母さんはようやく安心されたようだった。
免疫抑制剤であるシクロスポリンの点眼薬と抗生剤の眼軟膏を手渡しながら、点眼の仕方や回数の説明をし、次の健診の相談をした。なみだの量を定期的にチェックしながら、点眼の回数を調整し、最終的に点眼を終われる場合も、生涯点眼を続ける必要のある場合もあることを説明した。
いずれにしても処置が早く、治療には反応してくれるだろう。ルナちゃんのお母さんの判断のよさが光っていた。日本列島にもシク
ロスポリンのような効果のある薬があれば、カラ梅雨の被害は少なくてすみそうなのにと、これは余計なことを考えてしまった。
診察後、お母さんの腕の中で目ヤニも取れてすっきり顔のルナちゃんがこちらを向いてウインクしたような気がしたのだが、それはまだ、なみだの量が足りないせいなのかもしれない。でも来週には、きっと両の目をパッチリ開けたすっきり顔のルナちゃんを見られるよ。そう心の中でつぶやいたのだった。
(文責:よしうち)
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