「続・WSAVAワクチネーションガイドライン2024」の話
1月の本コラム「WSAVAワクチネーションガイドライン2024」の話では、8年ぶりにアップデートされたガイドラインで、特に変更が顕著であった項目として、FeLVワクチンの子猫でのコアワクチン化を取り上げました。

ならば、犬ではどうだったの?と思われた方もおられたことでしょう。犬では今回のアップデートで悩ましい問題が持ち上がっているのです。
犬ジステンパーウイルス、犬パルボウイルス2型、犬アデノウイルス2型の3つがコアワクチンであることに変わりはないのですが、レプトスピラをわが国でコアワクチンと考えるべきかどうか、解決すべき問題のあることが分かってきました。
それを皆さんと一緒に考えるために、レプトスピラについて掘り下げて行きます。
レプトスピラ症はLeptospira interrogansを原因とする人と動物の共通感染症で、24 血清群、250 種以上の血清型が知られています。
レプトスピラ症は世界中に広く分布し、人では、年間30 万~50 万人が重症化していると推測されています。わが国では、1970 年代前半まではレプトスピラ症で年間50~250 名が死亡していましたが、その後衛生環境が改善され、患者発生数が減少し、現在では年間20 例ほどの報告数にとどまっています。
最近の傾向として、河川、湖水でのレクリエーション(水泳、カヌー、カヤック)時の感染や、海外渡航先で感染し帰国後発症する輸入感染例の割合が高くなってきています。また、近年は農村のみならず都市部での感染が増加してきています。これは、都心に生息するネズミがレプトスピラを保有しており、ネズミの尿などで汚染された水などを介して感染する機会が増えたためと考えられます。実際、東京都心、名古屋市などのドブネズミからレプトスピラが分離されています。一方、飼い犬などペットが保菌していて感染源となることもあります。


動物では、感染すると黄疸、出血及び腎不全等の症状を伴って急性経過を示す例と、感染してもほとんど症状を示さずに菌を排出し続ける例があります。また、数週間~数年にわたって尿中に菌を排出する例もみられます。人や犬は、野生げっ歯類等の保菌動物の尿によって汚染された水や土壌との直接的、間接的な接触により感染します。
小泉らは、日本で飼育されている犬にレプトスピラ症が多く発生しており、その分離株は病原性が強く、血清型がこれまでのCanicola もしくはIcterohaemorrhagiae からHebdomadis に変遷してきていることを報告しました(2013年)。

このグラフは、農水省の監視伝染病の発生状況として公表されている表から、犬のレプトスピラ症の届出数を抽出してグラフ化したものです。
大阪府下では、2017年10~11月に合計11 頭の犬レプトスピラ症を疑う症例の届出があり、そのうち9頭が死亡していますし、2025年には、大阪市内の2つの動物病院でレプトスピラ陽性を確認したとの報告があります。

ここで、WSAVAワクチネーションガイドライン2024に話を戻しましょう。解決すべき問題も何も、こんなに発生があるのならコアワクチンにすればいいだけのことでは?と思われるかもしれません。事はそう単純ではないのです。

1)確かに日本は犬レプトスピラ症が常在していると言って差し支えないでしょう。したがってコアワクチンとしてレプトスピラワクチンをすべての犬に接種すべきというのは正しい考えです。けれども、レプトスピラワクチンは、インフルエンザワクチン同様、型ごとに当該血清型のワクチン株を用いて作成する必要があります。
2)レプトスピラ症の診断は、PCR検査でも可能ですが、血清型を確定するには、被験血清を標準抗原と混合して反応させる顕微鏡下凝集試験法(Microscopic Agglutination Test; MAT)を実施する必要があります。
感染症法ではレプトスピラ症は4 類感染症として扱われ、家畜伝染病予防法では、 犬が血清型Pomona、Canicola、Icterohaemorrhagiae、Grippotyphosa、Hardjo、Autumnalis、Australisに感染した場合、レプトスピラ症患犬として届出義務があり、疑似患犬も届出の対象となりますが、MATによる検査で該当の血清型が検出された場合にレプトスピラ症患犬として扱われるとされています。
しかし、MAT は標準抗原としてレプトスピラ生菌を用いるため、継代して原則10 日以内の各生菌を維持しておかなければなりません。病原性レプトスピラには250以上もの血清型が存在し、地域によってその流行血清型は異なるので、検査自体もその体制を整えることも極めて繁雑で、人および動物の健康を所管するごく限られた行政機関において、法に定められた主要なレプトスピラ血清型のMATを実施するに留まるというのが実情なのです。つまり、関与する血清群の把握は、短期間では限定的と言わざるを得ません。
3)さらに、わが国で利用可能なレプトスピラワクチンは、「バンガード10」および「バンガードL4」に含まれる、Pomona、Canicola、Icterohaemorrhagiae、Grippotyphosaの4種類が最も多く、「ノビバックDHPPi+L」ではCanicola、Icterohaemorrhagiaeの2種類に留まります。
これは、2013年の小泉らの報告にあるHebdomadisや、2017年に大阪府下で集団発生の報告があったAustralisに対して、現行のワクチンでは効果が期待できないことを示しています。
ガイドラインにあるように、現在発生のある血清型のワクチンは確かにコアワクチンと言えますが、使用可能なレプトスピラのワクチンがコアワクチンとは限らないという、悩ましい状況であることをご理解いただけたと思います。
人のインフルエンザなどでは、翌年に使用するワクチンの製造は流行する型を予測して行われ、シーズン前に供給するようなシステムが稼働しています。
散発的、局地的に発生があるレプトスピラでは、そのような供給体制の構築は困難ですが、疫学調査に基づく血清型の選択が行えるのであれば、感染の可能性の高い組み合わせ株によるワクチンの製造には、大いに意義があるはずです。
理想は理想として、今現在入手可能なレプトスピラワクチンの接種をすべきか否か、皆さんはどのように感じられたでしょうか。

当センターでは、犬のワクチン副反応においてBSA(牛血清アルブミン)が重要な役割を果たしているということを念頭に、BSA含有量の少ないワクチンを採用し、戸外に行くことの多いワンちゃんには、レプトスピラを含むワクチンの接種をお勧めしています。
愛犬がレプトスピラに感染することを、現行のワクチンで100%防ぐことはできないまでも、4つの血清型の感染は回避できます。また、愛犬が感染しそれをケアする人への感染も同様です。
接種するワクチンの最適化は強く望まれることですし、そのワクチンが安全であることも重要です。
予防医学の目標は「100%効果的で100%安全なワクチン」ですが、
「100%効果的で100%安全なワクチン」が存在しないことも事実です。
レプトスピラに限らず、すべてのワクチンにはリスクが伴います。そのリスクを受け入れなければ、安心を手に入れることができないということ、相対的安全によって安心を得ることが、ワクチネーションの本質なのかもしれません。
(文責 吉内)
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