栄養学

「キシリトール」の話

「キシリトール」の話

  ところ変われば品変わる。動物種が変われば、それなりに体の仕組みや生理学的な特性が変わるのは当然だろう。「人の体に良いものだからとそれをワンちゃんに与えたらアダになってしまった。」という良い例がキシリトールなのかもしれない。今回はいったい何が違うのだろうかという部分をしっかり考えてみようと思う。
  キシリトールは化学式 C5H12O5 で表され、キシロースから合成される糖アルコールの一種。天然の代用甘味料として知られ、最初はカバノキから発見されギリシア語「Xylon=木」から命名された。キシリトールは唾液中の消化酵素で分解されず、口腔内の細菌による酸の産生がほとんどないことから「非う蝕性甘味料」として知られている。つまり、虫歯になりにくい甘味料ということなのだ。

  現代人の食生活で最も一般的な甘味料はスクロースつまり砂糖なのだが、スクロースは唾液中のスクラーゼによって消化され、口腔内の細菌によって酸を産生し、虫歯の原因となる。よって、キシリトールは歯に有用な甘味料としてもてはやされることになる。
  確かに人の口腔疾患で虫歯は大きな問題なのだが、犬ではどうなのだろう。実際、犬で虫歯を目にすることは極めて少ない。犬の口腔疾患の大半がいわゆる歯周病であり、歯そのものが「う蝕」つまり虫食い状態になっているのを見たことがある人はほとんどいないだろう。

  それでは、いったい犬はなぜ虫歯にならないのか。それは唾液中の消化酵素と関係がありそうなのだ。犬は人とちがい唾液や胃液にアミラーゼや二糖分解酵素(スクラーゼやマルターゼなど)を持たないため、砂糖を食べても、それが口で分解されることはなく、結果的に細菌による酸の産生がほとんどない。虫歯になりにくいのだ。言い換えれば、犬にとって少なくともキシリトールとスクロースは同等に「非う蝕性」だということになる。つまり、わざわざキシリトールを与える必要性はどこにもないということなのだ。
  犬が唾液や胃液中にアミラーゼや二糖分解酵素を持たないことは、血糖降下時の対処にも差として現れる。犬でも近年、糖尿病が増加傾向にある。症状が進めばインシュリンによる治療が必要となる。そのインシュリンの量が多すぎれば血糖値が下がりすぎ、低血糖となり、元気がなくなり、ぐったりとし、さらに下がればケイレンが起きることもある。

  糖尿病の人の場合、シュガースティックを常に携行し、低血糖気味になれば砂糖を食べることで血糖値を引き上げる。こんな芸当ができるのは、唾液や胃液にスクラーゼを持ち、砂糖を食べればすぐにスクロースをブドウ糖と果糖に分解し、血液中のブドウ糖の濃度つまり血糖値に反映することができるからだ。

  それに対して、糖尿病のワンちゃんの場合は、低血糖を起こしても砂糖というわけには行かない。先ほどお話したとおり、唾液にも胃液にもスクラーゼがない。小腸に到達してようやくそこにあるスクラーゼによって分解されるまでの数時間、低血糖を放置するわけには行かないのだ。したがって、ワンちゃんの低血糖はブドウ糖そのものを飲ませる必要がある。
  そのことと進化上関連があるのかないのかは知る由もないのだが、キシリトールの話に戻ろう。キシリトールは人でも犬でも小腸からゆっくり吸収され、その8割が肝臓で代謝されるといわれている。人では血糖値に何の影響も与えず、ごく弱い下剤として働く以外なんら毒性は示されていない。

  ところが、犬では吸収されたキシリトールはすい臓のβ細胞に対し、強力なインシュリン分泌のプロモーターとして作用するといわれており、実際、キシリトール入りガムを大量に食べたリトリバーで低血糖性のケイレンがみられたとの報告がある。その症例は迅速なブドウ糖の点滴によって回復したが、11時間にわたって低血糖傾向が持続したという。犬はキシリトールによって、インシュリンの分泌が強力に促されるということなのだ。

  このインシュリンの作用には
  1)ブドウ糖の細胞内への取り込みを促進する
  2)ブドウ糖からのグリコーゲン合成を促進させる
  3)解糖系を促進しブドウ糖を中性脂肪に変換して脂肪組織に貯蔵する
  4)糖新生を抑制する
  主にこの4つがあげられる。

  結果として血液中のブドウ糖は各組織の細胞内にとりこまれ、肝細胞内にグリコーゲンとして貯蔵され、中性脂肪としても貯蔵され、どんどん少なくなっていくにもかかわらず、新たに合成されることは抑えられるのだ。大量のインシュリンが放出されれば、当然低血糖となる。

  また、少量のキシリトールを毎日与えられれば、低血糖のケイレンを起こすほどではないにしろ、いつも余分なインシュリンが出ている状態、つまりいつも低血糖気味な生活を送ることになる。結果として予測されることは、肝臓に必要以上にグリコーゲンが貯蔵され、肝臓の重量が増え、肝酵素の上昇をきたす、すなわち肝障害が起きるということ。また、中性脂肪の増加による脂肪組織の重量の増加すなわち体脂肪率の増加などだろう。俗にいう低インシュリンダイエットの逆、高インシュリン肥満とでもいうのだろうか。
  結局、犬にとってキシリトールは百害あって一利なし。キシリトール入りの犬用サプリは犬の健康を害する可能性はあってもなんらメリットはないということになる。

  人にとっては、虫歯の原因になる可能性の少ない甘味料であり、スクロースと同程度の甘味を有しカロリーは40%も少ない、しかも小腸でゆっくりと吸収され血糖値にひびかないダイエット甘味料ともいえるキシリトールは良いことずくめのように思われる。最近では骨粗しょう症にも効果ありという報告もあり、さらにその有用性が高まる可能性も出てきている。
  動物種が違えばこうも同じものが善にも悪にもなるものかと空恐ろしい気がするけれど、よーく考えてみれば、人の体に良いといわれる玉ねぎも、犬には中毒を引き起こすのだったと、これは誰もが知っている周知の事実。
  自分の常識は人から見れば非常識なこともある。常識は決して人に押し付けるものではないと肝に銘じ、今年一年、獣医師として人として、さらに良識を磨くよう心がけて行きたいと、年頭にあたり気を引き締めるのだった。

(文責:よしうち)



大阪市の南大阪動物医療センター

住所
大阪府大阪市平野区長吉長原3-5-7
営業時間
午前:9:00 〜12:00
午後:13:00〜15:00(水・土を除く)
午後:16:00〜19:00(水・土を除く)
  • ※祝祭日はその曜日に準じます。
  • ※年中無休です。
  • ※お電話、もしくは受付へ直接ご予約ください。
  • ※ご希望の日と時間帯、獣医師を指定して頂くことができます。
  • ※土・日・祝日に限り、予約料550円(税込)が別途必要となります。
  • ※12/31〜1/3につきましては、12/30までに事前の予約確認が必要となります。
定休日
年中無休
最寄駅
大阪メトロ谷町線出戸駅もしくは長原駅
・・・エントリー・・・
「猫の糖尿病治療は先ず飲み薬で」猫の糖尿病の話
「SFTSアップデート2024」の話
「猫アレルギーの皆さん、朗報ですよ!」の話
「Cattitude(猫に対する正しい姿勢)を向上させよう!」の話
「ネコの膵炎アップデート」の話
・・・カテゴリー・・・
エキゾチック
ヘルニア
人と動物の関係学
内分泌
呼吸器
形成外科
循環器
感染症
整形外科
栄養学
歯科
泌尿器
消化器
猫学
皮膚科
眼科
社会事象
神経科
繁殖学
腫瘍学
行動学
診断学
遺伝
・・・アーカイブ・・・
2024年のブログ
2023年のブログ
2022年のブログ
2021年のブログ
2020年のブログ
2019年のブログ
2018年のブログ
2017年のブログ
2016年のブログ
2015年のブログ
2014年のブログ
2013年のブログ
2012年のブログ
2011年のブログ
2010年のブログ
2009年のブログ
2008年のブログ
2007年のブログ
2006年のブログ
2005年のブログ
2004年のブログ
2003年のブログ
2002年のブログ
2001年のブログ
2000年のブログ

院長コラム

VetzPetzClinicReport
Doctor'sインタビュー

・・・サイトメニュー・・・
HOME
診療案内・アクセス
施設案内
スタッフ紹介
よくある質問
協力病院
ドッグサービス
キャットフレンドリー
院長インタビュー
院長コラム
スタッフブログ
お問い合わせ
動物を飼う注意点
去勢・避妊について
ストレスについて
採用情報
新着情報
・・・手術について・・・
負担の少ない手術
手術の流れ
・・・犬の手術・・・
膝蓋骨脱臼、骨折
避妊、去勢手術
会陰ヘルニア
リハビリ
・・・猫の病気・・・
目(眼)の病気
口の病気
耳の病気
鼻の病気
呼吸器系の病気
消化器系の病気
皮膚の病気
癌、腫瘍
ヘルニア

・・・診療時間・・・

診療時間
9:00〜
12:00
13:00〜
15:00
16:00〜
19:00
  • ※祝祭日はその曜日に準じます。
  • ※年中無休です。
  • ※お電話、もしくは受付へ直接ご予約ください。
  • ※ご希望の日と時間帯、獣医師を指定して頂くことができます。
  • ※土・日・祝日に限り、予約料550円(税込)が別途必要となります。
  • ※12/31〜1/3につきましては、12/30までに事前の予約確認が必要となります。

・・・所在地・・・

〒547-0016
大阪府大阪市平野区長吉長原3-5-7
tel: 06-6708-4111
大阪メトロ谷町線出戸駅もしくは長原駅より徒歩8分