行動学

「睡眠薬」の話

「睡眠薬」の話

  先日、薬剤師の方と話す機会があって(実は飼主さんなのだが)、日ごろから聞いてみたいと思っていたことを聞いてみた。

  「最近、睡眠導入剤や精神安定剤を出されるということが増えてきてはりませんか?」

  「ええ、多いですね。何科を問わずけっこう出ていますね。」

とのこと。「やまいは気から」というわけでもないのだろうが、昔のように「薬には頼らずにがんばろう」という考え方から、「がんばろうは逆効果、無理せず必要なら内服を」という考え方に変ってきているからなのだろう。

  薬剤の評価やすべての医学的なことは証拠に基づいて行われるべきというEBM(Evidence Based Medicine)が浸透し、薬物依存性のないことが証明されたものは却って使いやすくなってきたのかもしれない。結果的にそれによって精神的な苦痛から救われる患者さんたちは多いのだろうし、それはそれでよいことなのだろうと思う。

  なぜそんな質問を診察の合間にしたのかというと、決して犬の不眠症が増えてきたからでも、猫のうつ病が問題になっているからでもない。

  実際に獣医師が動物の不眠症やうつ病を診断できるかというと、それは否なのだ。動物の心理や感情を推測することは可能だと思う。けれども、人は犬にはなれないから、犬が物事をどう考えているかは推測の域を出ない。したがって、動物の心理学という学問は成立せず、動物行動学という行動の解明や修正のための学問が生まれてきた。動物の行動は客観的に知ることができ、科学的に解明することができるからなのだ。

  たとえば人の強迫観念症は、カウンセリングすることで強迫観念にとらわれていることが判断できる。しかし、犬が何の理由もなしに延々と手先を舐め続けるという行動をとるとき、きっと何らかの強迫観念にとらわれているのだろうと考える学者がいても、それを証明するすべがない。そこで、これは問題行動の可能性があると考え、手先に皮膚病学的な問題が存在しないことを証明し、かゆみの存在を否定して、なんら手先を舐めなければならない理由がなかったときにはじめて問題行動と捕らえ、同じことを繰り返す問題つまり常同症という行動学的な診断が下ることになる。

  そんなこんなで、獣医師が向精神薬を処方するケースはとても少ない。常同症や分離不安に抗うつ剤を使用する場合や、高齢の認知症の動物に精神安定剤を処方するような場合に限られる。ならば「なぜ先の質問を?」という話に戻ろう。
  家族がお医者から処方された薬を、誤ってワンちゃんが食べてしまったというケースがけっこうあって、その中でも睡眠導入剤や精神安定剤の割合が増えてきたように思うからなのだ。

  人に対して処方された薬を小型犬が飲めば、それは明らかに過剰投与になる。薬剤の包装もPTPシールなら、大好物のおやつの包装もPTPシール。大いなる期待を持って放置された睡眠薬をこっそりと食べてしまっても、犬には何の罪もない。しばらくすると足元がふらつき、ぐったりとする。これは大変と獣医さんのところへ駆け込むことになる。

  昨今の睡眠導入剤や精神安定剤はひじょうに安全だ。過剰摂取してもまず命にはかかわらない。だからこそ処方機会も増え続けているのだろうが、眠いのに眠れないと夢うつつで薬を口にし枕元に放置するという、他の薬剤には見られないワンちゃんの誤食を生むパターンが問題だ。それこそ寝ているどころではなくなってしまう。

  実際の診療では、必ず「この薬です」と薬剤を持参される。そこで薬剤検索データベースで成分を調べることになる。たいていがベンゾジアゼピン系の薬剤で、吸収も速く、吐かせるという処置の段階を過ぎての来院となる。

  静脈輸液で排泄を促し、あまりにぐったりとしているようならフルマゼニルという拮抗薬の投与も可能だ。翌日には薬も抜けて平常に戻り無事退院となる。しかし、発見が遅く子犬だったら低体温や低血糖の恐れもある。また、猫ではベンゾジアゼピン系薬剤で深刻な肝障害の報告もある。

  大あわてしないためにも、

  「お薬は湿気、高温、直射日光を避け、

  小児の手や犬猫の口の届かない場所に保存してください。」

  よろしくおねがいしまーす。

(文責:よしうち) 


大阪市の南大阪動物医療センター

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大阪府大阪市平野区長吉長原3-5-7
営業時間
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