2007年5月1日
感染症
「FIV陽性」の話
予測していた事とかけ離れた事が眼前に現れたとき、それでも人は冷静沈着に判断し行動できるだろうか。狼狽し、我を忘れ、とんでもない行動に走ったりもする。あわてたからといって丸が四角になるわけでもない。がっつりと現実を受け止めれば、道が開けてくることも多い。
次のカルテはと手に取ると、日本猫のタマちゃん。メス、2〜3ヶ月齢、予防とメモ書きがある。季節柄、子猫たちがウロウロと外の世界に興味を示してさまよい歩き始める新緑の候。どんな方がお母さんになろうと決意してくださったのだろうと考えながらも、子猫が何の病気ももらっていませんようにと祈る。早速診察室に入ってもらうと、
「1週間ほど前に家の前で保護したんです。」
「はじめは飼うつもりは無かったのですけど、家に入れるとだんだん可愛くなってきて。」
「主人とも相談して飼うことに決めました。」とのこと。
タマちゃんに目を移すと、子猫に特有のあまりにも円らな、どこまでも澄み切った瞳で、瞬きを忘れたようにこちらを見上げている。そして、目が合った瞬間、ミャーと訴える口元の紅さのなんと初々しいことか。
「(これは誰でもおちるわ。生まれついての大女優。)」
思わず心の中でつぶやいてしまった。抱きしめずにはいられない愛らしさなのだ。
お母さんもすでにタマちゃんにメロメロのようで、
「きちんと飼ってあげようと思って予防に来たんです。」
「猫にも混合ワクチンってあるんですよね。」と、予習済みの様子。
「良いことですね。予防は大切ですから。」
「身体検査をしながら予防の話をしていきましょう。」
そう言って、タマちゃんの体温を測り、聴診をし、腹部の触診をする。栄養状態も良く、子猫らしいふくよかさがあり、一般状態としては申し分の無いコンディションに思えた。
混合ワクチンの話をし、もともとは放浪していた境遇ゆえに、FeLV(猫白血病ウイルス感染症)とFIV(猫免疫不全ウイルス感染症=猫エイズ)の検査をワクチン接種の前に行った方が安心でしょうということで、それを実施することになった。
採血をし、結果が出るまでの10分間も、飼い方の話や社会化の話などをしながら、あっという間に過ぎてしまった。
そろそろ結果が出る頃だろうと検査室の方をのぞくと、看護婦さんが伏せ目がちに手招きをしている。どうしたのだろうと思いつつ診察室を出る。
検査キットの発色部に目をやると、コントロールスポットのほかにFIVのスポットが青く発色しているのだ。まさかという思いが強い。何から説明しようかと言葉が頭の中をぐるぐると回り続ける。気配にお母さんの顔が曇る。
「ありがたくない結果が出たのですけど、まだ陽性と決まったわけではありませんから、今から話すことをよく理解してください。」そう言ってゆっくりと可能な限り明るく説明を始めた。
FeLV&FIV検査キットというのはELISAという手法を用いた検査で抗原と抗体が反応することを利用している。もともと、FeLVはウイルスが体内に侵入しても免疫(抗体)はなかなか立ち上がらず、ウイルスが血液中を循環しているため、この検査キットではFeLV抗原つまりウイルスそのものを検出している。一方、FIVはウイルスが体内に侵入すると免疫(抗体)が作られ血液中のウイルスは極端に減少する。しかししぶとく生き残ったウイルスが最後には免疫系を破壊し抗体を作らせなくすることで最期のステージに移行するという経過をたどるため、爆発的にウイルスが増殖する末期を迎えるまでの期間にFIVに感染していることを知るためには抗体の存在を検出する必要がある。
2つの病気のこんな経過のちがいから、FeLVでは抗原を検出し、FIVでは抗体を検出している。そのために厄介な事態が、時におきることもあるのだ。
犬も猫も、移行抗体といって生まれてきたときにはじめて飲む初乳を通して母親から免疫つまり抗体を譲り受ける。新生児の時期に病気をもらわないための自然の防御システムなのだが、この移行抗体は通常犬猫では18週齢くらいまでには失われてしまう。
母猫がFIVに感染していた場合、子猫にFIVの抗体が移行し、検査をした場合に陽性という結果が出てしまうことがある。子猫がFIVに感染していなくてもなのだ。母猫がFIV陽性であっても、赤ちゃんが体内で感染することは無い。生まれてくる際に産道で感染を受けることはある。つまり、まれに感染していない子猫で陽性という結果が出ることがあるということになる。
FIVの移行抗体が完全に消失し結果が陰転するのに要する期間はさらに8週間。この事態にシロクロをつけるためには、18週+8週=26週齢の時点での再検査をすればよいことになる。その間のお母さんの心配は察して余りあるのだが、どうしてあげることもできない。
「FIVは感染しても環境さえ良ければ生涯、最終ステージに移行しないこともあります。つまり寿命を全うできることもあるということです。さらに、タマちゃんは感染しているとはっきりしたわけでもありません。どうか力を落とさないでください。」
必死の思いでお母さんの気持ちを支えようとしているのが伝わったのか、
「先生、だいじょうぶです。わたし、タマが感染しているとしても一生面倒を見てあげようと思います。」と、キッパリ。
「そうですか。6ヶ月になったときに陰転していることを祈りたいですね。」
そう話しながら、お母さんの優しさと強さに頭が下がる。
さらに、
「今この子のためにしてあげることは無いのですか?」との質問。
FIVに感染しているとしてもワクチン接種がそれを悪化させる可能性は極めて少ないでしょう。それよりもヘルペス、カリシ、パルボに感染してしまうことのほうが恐いでしょうからという説明を了解していただき、3種混合ワクチンの1回目を接種したのだった。
お母さんのこの強さはきっと陰転という果報をもたらしてくれるに違いないと願いつつ、ワクチンを注射されてもそ知らぬ顔で、カルテを書くボールペンにじゃれついて来るタマちゃんに、
「いい人に拾ってもらったね。長生きしようね。」
そう語りかけずにはいられなかった。
(文責:よしうち)
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