皮膚科

続「新・アトピーの話」

続「新・アトピーの話」

 連日の猛暑に、外へ出て行くのは億劫なものだが、避けようのない外出にひとたび炎天の元へ足を踏み出そうものなら、1分と経たぬうちに体は汗ばみ、5分も歩けば額を滝のように汗が滴り落ちる。行のようにひたすらに耐え、用事を済ませ、ほうほうの体で帰宅すれば、汗を吸って重くなった服を脱ぎ捨てるのももどかしくシャワールームへ直行ということになる。頭からシャワーを浴び、さて、これで今日は何度目のシャンプーになるのだろうかと漠然と考えながら、いつものようにいつものシャンプーを泡立てる。
 このシャンプー、特に大きな理由もなく、容器のデザインやTVコマーシャル、それに起用されている役者さん、薬局やコンビニの商品展示の仕方、何に左右されたかは分からないが適当に買ってきて使用しているのが普通だろう。けれども、それを繰り返すうちに自然と自分のお気に入りができ、一定の銘柄に落ち着いてくるから不思議だ。無意識に使用感の良いもの、自分の体に馴染むものを選択しているのだろう。

 これが、動物のシャンプーとなると、使用感は動物本人に聞くわけにも行かず、使用後の動物の様子や抱きしめた時の香りなど、それこそ何となく良さそうなものを選ばざるを得ない。事ほど左様に、皮膚病の治療や予防に多くのシャンプーが開発され市場に投入されている今、獣医師自身もどのコンディションの皮膚にどのシャンプーを使用すべきなのか、シャンプーの性能に精通し、十分なビフォー・アフターの想定が出来なければ、大きな顔をしてシャンプー療法などという言葉を口にするのもおこがましい時代になってきている。それほどに多くの革新的なシャンプー剤が開発され、期待される効果も多様になる一方で、コンディションによる使い分けに費用がかさんだり、混乱が生じたりもしている。

 さて、先月のアトピーの内なる問題の話の続きだ。
 皮膚表面に定着する抗原・細菌・酵母。それらに対する皮膚バリアー。多くのアトピーではこの皮膚バリアー機能に異常のあることが示されている。その機能異常を補うシャンプー療法等々、外なるものに対する治療法もまた、革新の時代を迎えている。今月のコラムでは、その外なるものに対する治療法に焦点をあててみよう。

 従来から薦められていたシャンプー療法の効用や機序は、表皮の脂質バリアの破損を最小限に抑えながら、表皮のアレルゲン、細菌、酵母を取り除くことによる。つまり皮膚に優しい製品で、そこに止痒効果のある成分が含まれているようなオートミールシャンプーがその代表で、商品名:オーツシャンプーなどがよく使用される。 
 一方、ヒトでブドウ球菌の外毒素のひとつが「スーパー抗原」としてT細胞を刺激し炎症反応を起こさせたり悪化させることが知られており、動物でも同様のことが予想されるため、単に皮膚の二次感染というレベルを超えて、細菌や酵母をシャンプーを用いてコントロールすることが、症状改善につながるものと考えられている。クロルヘキシジンシャンプー(商品名:ノルバサンシャンプー)や過酸化ベンゾイルシャンプー(商品名:ビルバゾイルシャンプー)などがそれにあたる。殺菌効果は大いに期待できるものの、敏感な皮膚では掻痒を増すことや、ドライスキンを招く可能性のあることから、保湿剤の併用や使用後の掻痒について注意が必要となる。刺激が強すぎる場合には、よりマイルドな乳酸エチルシャンプー(商品名:エチダンシャンプー)を用いると良い。

 このように、従来的なシャンプー療法は脂質バリアーを保護しつつ、抗原や微生物を取り除きあるいは制御するということが主な目的だったのだが、いわゆるグリコテクノロジーの進展により、糖質の生体内における役割、特に細胞表面での構造が解明されるにつれ、細胞間のシグナルとして機能していることが分かってきている。

 細菌や酵母などの微生物が表皮に定着する際には、細菌表面にあるレクチンというタンパク質が、表皮細胞の糖鎖を含有するレセプターと結合することで行なわれることが分かっている。そこで、レクチンと結合するようなタイプの糖質を皮膚に外用することで、レクチンとこの外来性の糖質を結合させ、微生物の表皮への定着をブロックすることができる。
 またある種の糖質は炎症誘発性サイトカインの分泌を抑制することが知られており、さらに、サイトカインの糖認識ドメインと結合することにより、サイトカインによるシグナル伝達を阻止する。この作用により、付着抗原に対する免疫の発動や炎症反応の抑制が期待できるのだ。このような作用を持つ糖鎖にはD―マンノース、D―ガラクトース、L―ラムノース、アルキルポリグリコシドなどが知られており、実際にそれらを含有するシャンプー、商品名:アデルミルシャンプーが市販されており、新しいテクノロジーによる外なるものに対する治療が始まっている。

 微生物の定着を阻止し、抗原刺激の伝達を妨げ、炎症反応を抑制するという、この夢のようなシャンプーの効果は実際にはどの程度のものなのだろうか。微生物の定着・増殖の激しい動物では抗生剤と抗菌シャンプーの方がはるかに効果が高く、すでに激しい炎症を生じている動物では、ステロイドやアトピカのほうがはるかに効果が高い。けれども、それらを用いてある程度皮膚のコンディションが回復した動物において、再発や増悪をコントロールするという意味合いでは、この糖質を用いた新しいシャンプー療法は大いに期待が持てる。

 アトピーに対するアプローチにたった一つ「これだけ」というような決定版もなければ、特効薬もない。けれども、新規に登場する治療薬や治療法には、今よりもさらにアトピーの治療に明るい道を開いてくれそうなものも多い。われわれ獣医師はその新規の治療法にも精通し、より幅広い選択肢を提供できるようにならなければならないのはいうまでもないが、山あり谷ありの長いアトピー治療の道のりで最も大切なものは、動物に対する愛情であり、飼主と獣医師の信頼関係であることだけは、未来永劫変わることがないことを忘れてはならない。

(文責:よしうち)


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