感染症

「ヒトの犬・猫回虫症」の話

「ヒトの犬・猫回虫症」の話

 以前に「人と動物の共通感染症」という観点から犬・猫回虫症とエキノコックス症を取り上げたことがあった。(Jul’07 「中間宿主と待機宿主」の話)
 先日、東京医科歯科大学大学院准教授の赤尾信明先生にお話しを聞く機会があり、人の医療現場での犬・猫回虫症の実際の状況を知り、少なからずショックを受けたのでお伝えしたいと思う。

 そこで、少し専門用語を復習をしてみよう。寄生虫が寄生する相手のことを宿主(しゅくしゅ)と呼び、最終的に成虫が寄生し虫卵を排泄する宿主のことを終宿主(しゅうしゅくしゅ)、必ず経由しなければならない幼虫の住み着く相手を中間宿主(ちゅうかんしゅくしゅ)、必ずしも経由する必要は無いが幼虫が住み着くことのできる相手を待機宿主(たいきしゅくしゅ)と呼んでいる。犬・猫回虫にとってヒトはこの待機宿主にあたり、犬・猫回虫の幼虫が住み着くことはできるが、成虫になることの出来ない宿主ということになる。成虫になることができない幼虫は、ヒトの体内をさまよい続け、深刻な症状を引き起こす。

 ちなみに、犬回虫や猫回虫をふくめヒトに感染の可能性がある回虫は全部で12種あるといわれており、犬・猫以外に実際に報告があるものにオオコウモリ回虫、ブタ回虫、アライグマ回虫などがある。ヒトの体内で、犬回虫の幼虫は神経系へ、猫回虫は筋肉へと移行してゆく傾向が強いそうだ。中でもアライグマ回虫は小脳出血や失明を引き起こし致死的な転帰を取ることが多いといわれている。

 さて、ヒトへ犬・猫回虫はどのようなルートを経由して侵入するのだろうか。

1 犬・猫回虫卵をヒトが口にするルート
  犬・猫に回虫が寄生していると、多量の虫卵つまり卵を便中に排泄する。
  a) 犬回虫卵は粘着性が強く、便中に排泄された虫卵が排便時に肛門の周りの皮膚や被毛に付着、グルーミングでお尻を舐めたりするため、口の周りに再付着し、それがヒトの口に入る。
  b) 猫は砂場で排泄する習性があり、公園や集合住宅にある砂場に排泄にやってくる。砂場で遊んだ子供たちの手に付着した虫卵が口に入る。
2 犬・猫回虫を口にした待機宿主の移行幼虫をヒトが生食するルート
ニワトリやウシと一緒に犬・猫が飼育されていて、犬・猫から排泄された虫卵をそれらの動物が口にし、ニワトリやウシが犬・猫回虫症となり、そのニワトリの肝や牛肉をヒトが生食した場合、犬・猫回虫の幼虫がヒトの口に入る。
 どのくらいの確率でこのようなことが起こっているのだろうか。科学的な証明という意味合いでは、日本国内で過去12年間に、病理組織検査で回虫の幼虫が証明されたものが7例、血液検査で回虫に対する抗体が検出されたものが475例とのこと。交通事故に逢う確率より低いとはいうものの、とても無視してしまえるような数字ではない。

 その7例、ニワトリの肝の生食で急性発症した親子の例、牛肉の生食で咳や皮疹に悩まされた26歳の女性の例、ペットからの感染が疑われた13歳男児の心嚢水貯留例、回虫幼虫が網膜の黄斑部を横切ることで急激な視力低下を起こした52歳男性、等々。漠然と幼少期のみのまれな病気と思い込みがちだが、現実はさにあらず。子供も大人も同様に危険であり、ニワトリの肝を生食した親子のお父さんの方は1年後にネフローゼで亡くなっておられるとのこと。

 駆虫薬で治療が出来るのではという思い込みは、全くの間違いだ。駆虫薬つまり虫下しは回虫の成虫には十分に効果があり、いとも簡単に回虫をやっつけることが出来る。しかし、幼虫は抵抗性が強く、消化管の中にいるわけでもない。アルベンダゾールという薬剤が唯一効果があるものの、副作用も強く、著効というわけでもない。ヒトの犬・猫回虫症は難治で難儀なのだ。

 肉類の生食はしない。そして、犬・猫には定期駆虫を。終宿主に寄生する成虫はほとんど症状を出さずに見過ごされがちだが、だからこそ危険だともいえるのだ。定期的な駆虫をすることで始めて安全な動物との共棲が成り立つといえるこの現実。皆さんはどのようにお感じになられただろうか?

(文責:よしうち)


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