2009年3月1日
人と動物の関係学
動物の気持ちの話
先日、アメリカのカンサス州トペカにあるヒルズ社のPet Nutrition Center(ペットの栄養の研究所)を見学する機会に恵まれた。
カンサス州は合衆国のちょうどヘソ、ど真ん中にある。カンサス州で最もにぎやかなのはお隣のミズーリ州との境目にあるカンサスシティーで、三権分立の原則にしたがって経済の中心とは別に立法府のみが置かれているトペカは、本当に何もないひたすらに静かな田舎町だ。カンサスシティーからマイクロバスで約1時間、すれ違う車もほとんどないような道をストリートNo.だけをたよりにドライバーがハンドルを切る。民家が途切れたと思う間もなく、守衛所のゲートが目に飛び込んでくる。守衛さんから「ゲスト」とネームの入ったIDカードを受け取り、広大な敷地にバスは滑り込んだ。
最初に案内されたのは、ゲストルームとでも言うのだろうか、見学者のためのレセプションの部屋だ。デスクの上には、この研究所で研究された成果をプレゼンテーションするための資料が人数分きちんと置かれ、ゲストの着席を待っていた。
各自が思い思いの席に着き、ヒルズの担当者から挨拶の言葉が述べられる。次いで、各地の大学の栄養学のDr.でありヒルズの研究員でもある講師のセミナーがあり、お待ちかね、研究所の見学ツアーだ。カメラのたぐいは持ち込めない旨の説明があり、研究所への扉が開かれた。
長い廊下の中庭側には大きなガラスがはめ込まれ太陽が降り注いでいる。説明に聞き入ると、中庭と思っていたのが実はバーキングパークと呼ばれる犬たちの運動場だった。日本の街角にある公園よりもずっと広く、よく見ると中央には遊具も設置されている。と、犬舎の一角から犬たちが一斉にバーキングパークに駆け込んできた。嬉しそうに走り回っている様は、さながら小学校の休み時間の運動場のようだ。犬舎は三棟から構成されており、それぞれの棟の中央に給餌施設、それを取り囲むように15頭ずつ位のチームに分けられた犬たちの部屋があり、各部屋にはそれと同等の自由に出入りできる庭が付帯する。部屋は天井が高く、1時間に12回転の空調が施され、小学校の教室2部屋分くらいの広さだ。犬たちの総数は約500頭、この世の楽園を満喫しているようにも見える。中央の給餌施設は、それぞれの部屋とドアでつながっており、時間が来ればドアが開き、1チームが入ってこれるようになっている。その中はゲートで仕切られそれぞれのゲートに1頭分の食器とそれに入れられたフードが用意されている。それぞれのゲートにはマイクロチップのセンサーがあり、動物に埋没されたマイクロチップを読み取るとフードが食べられるような仕掛けになっていて、置かれた食器の下の重量計とともに、いつ誰が何のフードを何グラム食べたかが自動的に記録されていく。彼らの仕事はそのデータを提供することなのだ。無論データはそれだけではない。附属する動物病院での血液検査データや年に1度の割り合いで全頭に施される歯科治療のデータなど、彼らの生き様そのものがデータといっても良いのかもしれない。
猫舎も犬舎同様、10頭くらいずつのチームに分けられ登り木やトンネルを通じて行き来できるサンルームのある広い部屋で暮らしている。それとは別に、1頭ずつ個別に暮らしている猫たちもいて、その総数は犬と同じ500頭、給餌施設も犬同様マイクロチップを基にしたデータ採取システムが猫用に構築されており、思い思いにこの施設での生活を楽しんでいる。
これらの飼育施設は、動物福祉の全米の基準として高く評価されているという誇らしげな説明が印象に残った。さらには、これらの施設から得られたデータは、データとしての質も高く、そこから開発されるペットフードの先進性や栄養学的裏打ちの確かさは、容易に想像することが出来た。
見学も終わりに近づき、猫舎を覗き込みながら廊下を歩いていると、ガラス越しにミャーミャーと猫が話しかけてくる。きっと相手をして欲しいのだろう。こんなにも素晴らしい至れり尽くせりの環境に暮らす動物たちのどこかに微かなかげりを感じた理由が分かった。ウサギ小屋と揶揄される日本の狭い家で飼われる動物たちに、この研究所のような環境はありえない。にもかかわらず、みんな生き生きと輝いている。飼主の愛情たっぷりの生活があるからだ。そう、ここにいる1,000頭の動物たちは家庭動物ではない。限りなく家庭動物に近いいやそれ以上の環境に暮らしてはいるが、飼育スタッフや医療スタッフを合わせてもその数は高が知れている。スタッフたちがいかに深い愛情を持って接しているとしても、1,000分の1になってしまうことを考えれば、動物たちの寂しさは致し方のないことだろう。動物たち自身には、自分のおかれている立場が家庭動物か、実験動物か、そんなことは何の意味もなさない。ただひたすら愛情を求めているに違いない。
そんなことを考えながら、動物たちの何不自由のない、けれども少し寂しい生活の上に、ペットフードが開発され、日本の飼主も動物たちも恩恵にあずかっているのだと、1,000頭いるどの動物たちも愛しくて仕方なく見えてきたのだった。
(文責:よしうち)
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