泌尿器

「膿皮症と膀胱炎」の話

「膿皮症と膀胱炎」の話

 誰にも頭痛のタネの1つや2つはあるものだろう。それが夜遅くまで騒いで安眠を妨げるお隣の住人だったり、清水の舞台から飛び降りたつもりで購入したのに故障ばかりする新車だったり、ふとそのことを考えると顔が曇り、重い気分になってしまう。

 常日頃、病院での診察を通して、自分自身がこの「頭痛のタネ」になっているのではないのだろうかと、ふと不安になってしまうことがある。 例えば、単純な細菌性膀胱炎の動物の再診で、尿検査をする。その結果を見ると、あまり改善がなく、尿pHは7.5、潜血+++、尿沈渣にミネラルの結晶はなく、細菌がたくさん見える。

 「んーん、ぱっとしないですね。」

と飼主さんに結果を説明しながら、頭の中では単純な膀胱炎のようなのだが、前立腺や他の部位に感染部位があるのだろうか、前回処方した抗生剤に耐性の細菌なのだろうかなどなど、治療効果が上がらない原因を論理的に並べていく。で、

「○○ちゃんは、お薬をちゃんと飲んでくれてますか?」 

という質問になる。

「はい、いい子ちゃんで、よろこんで飲んでくれてます。」

という即答を期待しているのだが、
意に反して、飼主さんの顔が急に曇り、しどろもどろになりながら

「ええ、時間ごとに飲ませてはいるんですけど、後で見たらハウスの敷物の下から錠剤が見つかったりして・・・でも、たいていは飲めていると思います。」

という答えだったりすると、どの程度きちんと飲めているのだろうか、大半を無駄にしているのではないのだろうかと、これは、全くもって責めようなどという気持ちではなくて、治療がうまく進んでいない原因を正しく評価したいという気持ちからなのだが、

「何回に1回くらいうまく飲ませられないんでしょうか?」

などと、食い下がったりしてしまう。
 よしんば、素直に

「実は、うちの子、飲ませようとするとひどく怒って、口に入れようとしたシロップがかなりこぼれてしまうんです。」

という答えであっても、

「んーん、飲めないというのは治療的に辛いですねー。」

などと、これも素直な気持ちなのだが、責めているように感じる方もおられるのかもしれない。
 動物たちにうまく薬を飲ませられないことで治療が進まず、「んーん」と頭を抱える自分が、飼主さんの頭痛のタネになってはいまいかと、気ずつない。無論、飲ませ方の指導や、ごまかし方、裏技も含めてずいぶんと時間をかけて、「How to ゴックン」の説明はしているのだが、獣医師としてではなく、1匹の犬と2匹の猫の飼主としては、痛いほどにこの飼主さんたちの気持ちが理解できる。
 その愛犬はパピヨンのチョコ。薬を飲ませようと袋を開ける音でハウスに逃げ込む。飲まなあかんよと、ハウスから引きずり出すときには降参の姿勢と悲壮感漂う表情で、堪忍してーと眼で訴えてくる。食べ物にくるんでなどというごまかしは一切通用しない。いまだかつてごまかし作戦は成功したことがない。必然的に口の奥に薬を突っ込み強制的に飲ませることになる。飲み込む直前には涙さえ浮かべ、飲み込んだ直後にはわが身の不幸を一身に背負い、世界で一番不幸な犬は自分なんだと世をはかなむ。飲み込んだことを確認し、「はいおしまい、えらかったねー」。
 その声を聞いたとたんに、世界で一番幸せもののチョコに戻るのだ。表情がぱっと明るくなり、眼をランランとさせて、部屋中を走り回る。そして、ご褒美のチキン味デンタルペーストを一口舐めさせてもらう。
 毎回これでは、飲ませられない飼主さんがたくさんいても当たり前。だいいち、動物のあの悲壮な表情を見たら、あの憎たらしい獣医が何といおうと、今回は勘弁してあげようと飲ませるのを諦めてしまうかもしれない。

 チョコのシャンプーもまた然り。シャワーをかけられると濡れネズミのようにみすぼらしくきゃしゃな体つきが現れ、プルプル震えながら、これまた世界で一番不幸な犬に変身する。洗い終わってバスタオルで水気を取り始めたとたんに、これまた世界で一番幸せもののチョコに戻り、ふき取りきれない水でそこいらじゅうを濡らしまくってくれる。これではしょっちゅう洗うのに気が重くなっても仕方がない。

 膿皮症の動物では、軽症の場合、クロルヘキシジンや過酸化ベンゾイルなどの殺菌成分の入ったシャンプーで洗うのが最も効果的な治療で、重症であればセフェム系やニューキノロン系の抗生剤を内服する。 先ほどの膀胱炎同様、

 「がんばって洗ってますか?、ちゃんと飲んでますか?」

の頭痛のタネの役どころが獣医の元に回ってくることになるのだ。

 これら単純な膀胱炎や膿皮症などの、普通の抗生剤によく反応し治療的に困難な問題のない病気でも、薬を飲ませるとか、シャンプーをするという、直接動物と向き合い実際に働きかける部分で問題が発生し、結果として治療に成功しない場合が意外と多い。動物の性格の問題、人との関係の問題、時間的な問題などなど、単純で必ず成功すると思っている治療に成功しないという治療に対するコンプライアンスの問題を、自分たちはもっと真摯に受け止めるべきだったのかもしれない。

 昨年から使用が可能になったセフォベシンという抗生剤は、皮下に注射し吸収されると、血液中でアルブミンと結合し何の作用も示さないままぐるぐると体内を循環している。その一部はアルブミンとの結合を解き、セフェム系抗生剤として作用する。結果として、約2週間の間、抗生物質としての有効な血中濃度を維持し続けるひじょうにありがたい薬理効果を発揮することになる。

 このセフォベシンが発売されて以来、抗生剤治療の頭痛のタネから解放された飼主さんの数のどれほど多いことか。いかに多くの飼主の方が薬の投与やシャンプーに困っておられたことかと、今更ながらに抗生剤は毎日飲むのが当たり前と自分自身が頭痛のタネになっていること気付かなかった鈍感さに気付き、いまはその鈍感さが自分の頭痛のタネになっているのだった。

(文責:よしうち)


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