2013年5月1日
人と動物の関係学
「爪は誰が切る?」の話
南大阪動物医療センターのある「長吉」の隣町は「瓜破」というちょっと変わった名前の街だ。その「瓜破」に隣接して「喜連」というこれまた難しい読み方の街があり、その真ん中に開口する阪神高速道路の出入り口は「喜連瓜破(きれうりわり)」という呼び名になった。これらの町名を書くときにいつも「うり」のところで引っ掛かり、「瓜に爪あり、爪に爪なし(ウリにツメあり、ツメにツメなし)」と頭のなかで唱えてしまう。まことに「ウリ」と「ツメ」の漢字表記は紛らわしい。
その「爪」の話。ずいぶん犬と猫とでは様相が異なる。獲物を追いかけて捕えるというスタイルの狩りをしていた犬は、その脚力をしっかりと地面に伝えるようにスパイクの様な爪を持っている。一方、足音も立てずに獲物に近付き、物陰に隠れて待ち伏せするというスタイルの狩りをしていた猫は、普段は指の中に爪を隠し、いざという時に爪を出して獲物を確実に捕捉できるように鋭利な爪をもっている。しかもその爪は層状の構造をもち、爪とぎによって古くなった外側から鞘の様にはがれ落ちて、常に鋭い切れ味を保つ様になっている。走るためのスパイク、攻撃のための武器、必要に応じてその形を進化させ、今の爪の姿になったのだ。
残念ながら、現在を生きる犬や猫たちにはその進化した爪は少々宝の持ち腐れ的存在になってしまった。いつもの散歩だけでは十分に擦り減らずに伸びてしまう犬たちの爪。飼主さんに武器として使えば叱られ、爪とぎをして家具を傷つけては叱られ、無用に鋭利過ぎる猫たちの爪。おのずと爪切りしようという話になるのも無理はない。かくして犬や猫たちも人同様、定期的な爪切りがマストなお手入れとなりつつある。
猫たちの爪切りは比較的簡単だ。人用の爪切りでも代用は可能。爪の先のとがった部分だけを摘んでやればよい。爪の切り方よりも猫たちをうまく扱えるかどうかの方が大問題という場合が多いのかもしれない。爪を切ろうとして爪の餌食になってしまったというのでは笑い話にもならない。
犬たちの爪切りには、多少の知識と勇気が必要だ。爪の中を通っている血管と神経は爪とともに伸びる。結果として伸びすぎた爪を切ろうとして犬たちに痛い思いをさせ、出血させて恐い思いをしたという方は少なくないだろう。白い爪ならば爪を透してピンク色の血管の部分に爪切りの刃がかからないように注意する。黒い爪ならそれもできずにおおよその感覚で切るしかない。つまり勘だけがたよりなのだ。
出血すれば止める。「言うは易し、為すは難し。」固い爪の中心をとおる血管からの出血は多少の圧迫では止まらない。一般には化学的焼灼といって硝酸銀や塩化第二鉄などの薬品で血管の断端を凝固させる。多くの市販されている爪の止血剤はこれにあたる。手元にそれらが無ければ、本当の焼灼でも構わない。火のついたお線香などを出血部位に一瞬あてて止血する。マッチを擦って火をつけすぐに吹き消して頭が熱いうちに当てがうというような達人もおられる。いずれにせよ多少の痛みは伴うものの止血は一瞬で完了する。
問題はその後だ。深爪を経験した犬たちは決まって爪切り嫌いになる。爪切りの度にイヤイヤをし、大暴れすることになる。それでも伸びすぎた爪は巻き爪になったり、歩き難かったりと犬たちにとってストレスだ。切らねばならぬとやおら押さえこんで無理やりにでも切り続ければさらに強烈な爪切り嫌いになる。終いには子犬の頃から時間をかけて培った良好な犬たちと飼主さんの関係にひびが入るほどの険悪な状況になりかねない。
犬たちでも猫たちでも爪切りにてこずるような場合には、一度にすべての爪を切らず、何度かに分けるとよいかもしれない。それでもだめなら、動物たちが心底イヤがることは、飼主と動物の良好な関係のためによそ様に任せるに限る。大暴れする子たちの爪切りを好んでしたがる獣医師がいるはずもないが、そこはそれ、獣医師の使命は「人と動物の絆を良好に維持すること」にある。
「喜んでいつでも悪者になります。それが獣医師の務めですから。」
爪切りを持った瞬間に上唇をひきつらせてこれ見よがしに犬歯を誇示する柴犬のゴンタ君。辛い獣医さんの胸の内、少しでいいから分かってね。
(文責:よしうち)
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