2013年12月1日
神経科
「背骨」の話
地球上にはいったい何種類くらいの犬がいるのだろう。さまざまな地域の在来種まで含めると、約700-800の犬種があるといわれるが、国際畜犬連盟(Federation Cynologique Internationale、略称:FCI)では、その内339犬種を公認している。すべての犬は、「Canis lupus =オオカミ」の亜種である「Canis lupus familiaris =イヌ」に属するとされ、人間によって作り出されたさまざまな犬の品種つまり犬種は、すべてイヌという亜種の中のさらに下位の分類階層である変種ということになる。しかし、同一亜種としては他に例を見ないほど、犬種間における形質差・多様性は著しく、ティーカップ・プードルとグレート・デンが生物学的に同一の亜種であるなどと、にわかには信じがたい。自然の摂理の好むと好まざるにかかわらず、人の手によって生み出され、保護され、慈しまれ、多くの変り種が地球上で繁栄することに成功したということの意味の重大さを、噛みしめなければならない。
それらの中でつい最近まで日本で絶大なファンを獲得していた犬種にミニチュア・ダックスがあり、現在人気上昇中の犬種にフレンチ・ブルドックがある。この2つの犬種に共通してよくみられる症状に運動失調や対不全麻痺がある。原因は脊髄に対する圧迫や牽引なのだが、2つの犬種間で、それが生じる理由に大きな違いがある。
ミニチュア・ダックスは軟骨異栄養性犬種のひとつで、他の犬種と比べ圧倒的に椎間板ヘルニアの発生率が高いという問題を抱えている。背骨(脊柱)は30個ほどの短い骨(椎骨)の連なったもので、そのひとつひとつは線維輪と呼ばれる丈夫な組織で連結され、その中心に髄核というゼリー状のクッションがある。この線維輪と髄核をあわせて椎間板と呼び、椎間板ヘルニアは、その髄核というクッションが飛び出した状態のことをいう。普通、この椎間板は年齢と共に水分を失い、大きな力が作用したときに、飛び出そうとする髄核のせいで線維輪の一部がたんこぶのようにふくらみ脊髄を圧迫する。これに対してダックスなどの軟骨異栄養性犬種では、若い年齢から髄核が軟骨に変化していくという軟骨性変性が始まってしまう。実に1歳で全髄核の75-100%がこの変化を起こすといわれていて、このような椎間板では常に髄核を押し出そうという力が働いているため、簡単に線維輪が破れ大量の髄核が飛び出し、突然の麻痺やふらつきを起こすのだ。軽症であれば、ステロイドで脊髄の腫れをとり、圧迫を緩和するという内科的な治療も可能だが、重症になると背骨をドリルで削り穴を開けて、直接に脱出した髄核を取り除く減圧術以外に手はない。最悪の場合には、激しい圧迫によって脊髄が壊死していく脊髄軟化症を起こし、命を落としてしまうこともある。
正常な椎間板 ヘルニアを起こした椎間板
一方、脊椎奇形はフレンチ・ブルドックのような短頭種の犬の胸部脊椎に、最も多く発生する。このような奇形には、半側脊椎、蝶形脊椎、移行脊椎、融合脊椎などがある。これらの奇形を持つ動物では、成長とともに脊髄の圧迫が生じたり、脊髄が引っ張られたりするため、ふらつきや麻痺が徐々に悪化する。症状が重症化した場合には、椎間板ヘルニア同様、脊髄の減圧術が試みられているが、それでも対不全麻痺や対麻痺が悪化することが多い。したがってこれらの動物では、常に炎症を抑えることが重要となるため、投薬量や投薬期間に制限のあるステロイドではなく、脂肪酸製剤等の恒常的に投薬可能な抗炎症効果の高いサプリメント(例えばアンチノールなど)の投与が推奨される。
生活を共にする動物たちのふらつきや麻痺は、見ているだけでも辛いものだ。犬種ごとの特性を知り、原因を見極め、適切な治療を続けることが、動物たちの活動性を取り戻すことにつながる。元気で活動的な犬たちと楽しく暮らしたいと願わない飼い主の方はいない。そして、その犬たちとの暮らしを通して人は計り知れないほど多くの恩恵を受けている。人の保護や愛情があってこそ、遺伝的ハンディを背負った多様な犬たちがこの世に存在し続けられるのだから。
(文責:よしうち)
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