社会事象

「動物園を守ろう」の話

「動物園を守ろう」の話

 今年の元日に天王寺動物園は開園100周年を迎えたのだそうです。天王寺動物園といえば、幼稚園や小学校の遠足で出かけたり、高校が近所だったこともあって、たまに遊びに行ったりと、若い頃にはそれなりにお世話になったものですが、それ以降ずいぶんと長い間、入園したことがありませんでした。その間に、動物園を取り巻く環境が大きく変わり、「動物園クライシス」と呼ばれるような、存続の危機ともいえる状況を迎えつつあるようなのです。

 それでは、動物園の役割とは何なのでしょうか。旭山動物園の小菅園長の言葉です。


近代動物園の役割は,レクリエーション,研究,教育,自然保護の4つであると明瞭に謳われています。現代社会の要請が,研究や環境教育であり,希少動物の保護増殖であることに異論を挟むことはありません。 しかしどうでしょう,多くの人々が野生動物との共生を望まない限り希少動物の保護,さらには環境保全など実現できないのではありませんか。人々が自然環境よりも人間の利便性が優先すると考えていたら,いつまで経っても野生動物保護や自然環境保全が顧みられることはないでしょう。私は,ここにこそレクリエーションの持つ重要な役割があると思っています。
現実に動物園ではほとんどの人が笑顔なのです。みな,緊張感から解き放たれた癒しを実感しているようです。人々の“笑顔の元”とは,すなわち多くの野生動物と空間を共にすることだと思います。そこにこそ,時代を超えた動物園の存在意義があると思うのです。野生動物と共に在る心地良さを感じない人間が,希少動物の保護や環境保全に理解を示すとは思えませんし,まして自らが自然保護活動に参加することなどありえません。一方で,動物園を通して“笑顔の元”に気づいた人々は,野生動物の保護に対して共感し,活動を支援し,さらには自らが行動を起こすことでしょう。これこそが,動物園にしか出来ない自然保護活動だと考えています。
だからといって,研究や教育,自然保護の役割を軽く見てはいけません。それらは現代社会の大きな要請であるからです。動物園を名乗っている限り,これら3つの役割は必要不可欠な活動です。現在は,その一つでも欠けたら動物園という看板を掲げることが許されない時代なのです。さらにその上にたって,動物園を訪れる多くの人々に野生動物の魅力を伝え,彼らの現状を訴え,野生動物保護活動へ理解と支援を求めるような活動をしていかなければならないのです。


 社会的施設としての役割を果たしつつ、入園者の減少を見事に解決した小菅園長らしいお話です。一方、わが地元の天王寺動物園は、100周年を様々な課題を抱えながら迎えました。元々、研究機関としてのまじめな色彩の強い動物園だったのですが、それ故に入園者の減少に歯止めがかかりません。その上、全国の動物園すべてに言えることですが、戦後に再開された施設の動物たちの高齢化が進み、しかも、ゴリラ、ゾウなどの希少動物だけでなく、身近にいたラクダやクジャク、つい最近まで日本人に非常に貢献してくれた日本鶏や色々な在来の家畜たち全体の数が減ってきていて、繁殖もなかなか思うようにいかないという状況なのです。

 ワシントン条約による売買の禁止や、中国などの新興国における動物園の新設ラッシュによる動物たちの取引価格の高騰は、新規導入の困難さに拍車をかけ、また、多くの動物園の運営が地方自治体であることから、繁殖のための(動物園同士の)動物の貸し借りが思うようにいかず、国内での繁殖も遅々として進みません。

 昨年の7月30日に天王寺動物園のアジアゾウの「春子」が66歳という国内2番目の高齢で亡くなりました。あとには45歳の「ラニー博子」が一人残されましたが、彼女もまた高齢です。実際、国内ではゾウやキリンは、最盛期から4割以上減少、ゴリラやコアラも半数以下になっています。動物園にいて当たり前と思っていたゾウやキリンが、動物園から姿を消してしまう日が訪れるかもしれないのです。

在りし日の春子(平成23年12月22日 天王寺動物園撮影)大阪市建設局報道発表資料より


アジアゾウ「春子」
性別 メス
年齢 推定64歳(飼育年数61年)
来園 昭和25年(1950年)4月14日
性格 おとなしく温和
特徴等 同居のアジアゾウ・ラニー博子に比べ大きく鼻筋の一部がピンク色をしている。
体高:約2.5メートル 体重:約3.5トン 尾長:約1.5メートル

 「ゾウってでっかいなぁー」「キリンって背が高いなー」と肌で感じ、身震いするほど感激した幼い頃の昂ぶりが、時を経て自分を獣医師という仕事にいざなったと思っています。これからの日本を背負う子供たちにも、同じ感激を味わってもらいたい、旭山の小菅園長の言葉を借りるならば「野生動物と共に在る心地良さ」を感じてほしいと願っています。近い将来、社会を背負う若者に「なぜ野生動物を保護しなければならないのか」と真顔で聞かれたら、動物園を守ることができなかった自分たち世代の責任なのだと、きっと後悔すると思います。

 天王寺動物園の入園料は破格の500円。動物園サポーターは年間5,000円。自分たちにできる最も身近な野生動物保護活動は、せっせと動物園に足を運ぶことに違いありません。財政難にあえぐ動物園を守るには、「多くの野生動物と共に在る心地よさ」をそれこそ口コミで世の中に広める以外には無さそうなのです。さあ、みんなで動物園に行きましょう。

(文責:よしうち)






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