腫瘍学

「メラノーマワクチン」の話

「メラノーマワクチン」の話

x  ワクチンといえば、感染症の予防のために病原体を死滅(不活化)させたものを接種し、それに対する抗体を産生させることで免疫を得るものというのが、ごく一般的な知識だと思います。予防効果と安全性の向上のための研究が続けられ、病原体の弱毒変異株を用いた生ワクチンが登場しました。現在のワクチンの多くが、この不活化ワクチンと生ワクチンのいずれかに該当します。さらに遺伝子工学の発展に伴い、増殖性は残し、病原性に関与する遺伝子を欠損させた「遺伝子欠損ワクチン」や免疫誘導に必須なT、B細胞の認識部分のみ(エピトープ)の「遺伝子組み換え蛋白ワクチン」などが開発され、一部で実用化されています。

  その延長線上に「DNAワクチン」と呼ばれる、抗原蛋白質をコードする「遺伝子」の形で抗原を生体に接種するという、分子生物学的技術を取り入れた最先端の免疫法が登場しました。それまでのワクチンはいずれにせよ抗原(病原体)そのものを蛋白質として体外から入れていたわけですが、「DNAワクチン」では、「遺伝子」という「抗原としての蛋白質の設計図」だけを体内に入れ、それを取り込んだ細胞がその設計図に基づいて抗原を作り、その抗原に対し抗体が産生されるという、ちょっと考えると回りくどいような気もしますが、極めて効率的で斬新な方法が開発されたのです。事ここに至ると、抗原が何も病原体に限った話ではなくなってきます。

  さてここからが本題です。犬の口腔内悪性腫瘍の30〜40%を占めるメラノーマ(黒色腫)と呼ばれる腫瘍があります。発生年齢の平均は11〜12歳で、他の腫瘍より高齢で発生します。好発品種はG・レトリーバー、シーズー、ビーグル、M・ダックスフント、スコティッシュテリアなどで、頬粘膜、口唇、歯肉にできることが多く、潰瘍形成や出血を伴うことが多い黒色の不気味な腫瘍です。浸潤性が高く(50%の症例で骨浸潤あり)、経過が早いのが特徴で、かつ転移も高率で起き、大きさ、進行度にもよりますが最大で80%の転移率とされています。

  治療方法としては、外科切除が第一選択です。(メラノーマ/(Jan’08) 「下顎」の話をご参照ください。)完全に切除できない場合には、放射線治療を考慮します。外科手術が初期の段階から積極的に行われれば、生存期間を延長する可能性があります。積極的な外科手術とは、下層の骨切除を含みます。局所の再発率は下顎骨切除術を実施した場合22%、上顎骨切除術を実施した場合には48%であったとの報告があります。また、積極的な手術を行った犬の生存期間の中央値は7.3〜9.1カ月で外科手術を受けなかった犬の生存期間の中央値は2カ月であったとの報告があります。

  このようにメラノーマの予後は厳しく、局所コントロールが可能な症例であっても、転移によって命を落とすことになってしまいます。したがって何らかの全身補助療法によって、転移を抑制しなければなりません。通常日本では、プラチナ系抗がん剤であるカルボプラチンやチロシンキナーゼ阻害薬、メトロノミック療法などの化学療法が行われます。残念ながら、その他の抗がん剤も含め、十分な効果が得られているとは言えないのが実情です。

  それ以外の全身補助療法としては免疫療法があります。活性化リンパ球療法などが試みられていますが、効果のほどは定かではありません。そんな中、2009年にアメリカで、口腔内メラノーマに対するDNAワクチンが承認されました。

  このワクチンは、イヌのDNAの小さなリングにヒトチロシナーゼの遺伝子を挿入したもので、接種するとヒトチロシナーゼに対する抗体が産生されます。ヒトチロシナーゼとイヌチロシナーゼには差異があるものの、十分にイヌチロシナーゼを攻撃する能力が備わっています。チロシナーゼはチロシンというアミノ酸をメラニンに変換する酵素で、メラノーマの細胞表面には大量のチロシナーゼが存在していて、メラノーマの増殖に関連していると考えられています。このチロシナーゼを阻害することで、メラノーマの増殖を抑える効果が期待できるというのです。


(細胞表面のブルーグレイのものがチロシナーゼ)

Onceptという名でメリアル社から発売されており、局所コントロールが可能でまだ遠隔転移の認められない症例にこのワクチンを使用した場合の平均生存期間は1000日以上といわれています。



 日本では、現在、野外臨床試験(治験)の段階で、ワクチンにより生存期間の延長があるかどうかを評価中です。治験はJapanese Veterinary Clinical Oncology Group(JVCOG)所属の6施設(日本小動物がんセンター、赤坂動物病院、酪農大、東大、岐阜大、日獣大)で行われています。ただし、発売後6年が経過している本家アメリカでは、多くの症例に使用されてきましたが、最近では効果を疑問視する報告も散見されます。

※著者注:2017年現在、Onceptの臨床試験は終了しましたが、日本国内では未認可のままで、入手したり使用したりすることはできません。

 長い間、進展の見られなかったメラノーマ治療に、一条の光が差し込みつつあります。仮にOnceptが不発に終わったとしても、第2、第3のDNAワクチンが開発されるに違いないからです。願わくは、高嶺の花とあきらめざるを得ないような超高額なものにだけはしないでほしいものです。

(文責:よしうち)





大阪市の南大阪動物医療センター

住所
大阪府大阪市平野区長吉長原3-5-7
営業時間
午前:9:00 〜12:00
午後:13:00〜15:00(水・土を除く)
午後:16:00〜19:00(水・土を除く)
  • ※祝祭日はその曜日に準じます。
  • ※年中無休です。
  • ※お電話、もしくは受付へ直接ご予約ください。
  • ※ご希望の日と時間帯、獣医師を指定して頂くことができます。
  • ※土・日・祝日に限り、予約料550円(税込)が別途必要となります。
  • ※12/31〜1/3につきましては、12/30までに事前の予約確認が必要となります。
定休日
年中無休
最寄駅
大阪メトロ谷町線出戸駅もしくは長原駅
・・・エントリー・・・
「猫の糖尿病治療は先ず飲み薬で」猫の糖尿病の話
「SFTSアップデート2024」の話
「猫アレルギーの皆さん、朗報ですよ!」の話
「Cattitude(猫に対する正しい姿勢)を向上させよう!」の話
「ネコの膵炎アップデート」の話
・・・カテゴリー・・・
エキゾチック
ヘルニア
人と動物の関係学
内分泌
呼吸器
形成外科
循環器
感染症
整形外科
栄養学
歯科
泌尿器
消化器
猫学
皮膚科
眼科
社会事象
神経科
繁殖学
腫瘍学
行動学
診断学
遺伝
・・・アーカイブ・・・
2024年のブログ
2023年のブログ
2022年のブログ
2021年のブログ
2020年のブログ
2019年のブログ
2018年のブログ
2017年のブログ
2016年のブログ
2015年のブログ
2014年のブログ
2013年のブログ
2012年のブログ
2011年のブログ
2010年のブログ
2009年のブログ
2008年のブログ
2007年のブログ
2006年のブログ
2005年のブログ
2004年のブログ
2003年のブログ
2002年のブログ
2001年のブログ
2000年のブログ

院長コラム

VetzPetzClinicReport
Doctor'sインタビュー

・・・サイトメニュー・・・
HOME
診療案内・アクセス
施設案内
スタッフ紹介
よくある質問
協力病院
ドッグサービス
キャットフレンドリー
院長インタビュー
院長コラム
スタッフブログ
お問い合わせ
動物を飼う注意点
去勢・避妊について
ストレスについて
採用情報
新着情報
・・・手術について・・・
負担の少ない手術
手術の流れ
・・・犬の手術・・・
膝蓋骨脱臼、骨折
避妊、去勢手術
会陰ヘルニア
リハビリ
・・・猫の病気・・・
目(眼)の病気
口の病気
耳の病気
鼻の病気
呼吸器系の病気
消化器系の病気
皮膚の病気
癌、腫瘍
ヘルニア

・・・診療時間・・・

診療時間
9:00〜
12:00
13:00〜
15:00
16:00〜
19:00
  • ※祝祭日はその曜日に準じます。
  • ※年中無休です。
  • ※お電話、もしくは受付へ直接ご予約ください。
  • ※ご希望の日と時間帯、獣医師を指定して頂くことができます。
  • ※土・日・祝日に限り、予約料550円(税込)が別途必要となります。
  • ※12/31〜1/3につきましては、12/30までに事前の予約確認が必要となります。

・・・所在地・・・

〒547-0016
大阪府大阪市平野区長吉長原3-5-7
tel: 06-6708-4111
大阪メトロ谷町線出戸駅もしくは長原駅より徒歩8分