感染症

「猫白血病ウイルス感染症(FeLV)」の話

「猫白血病ウイルス感染症(FeLV)」の話

 6月に娘が子猫をもらってきました。わが家には4匹の先住猫がいるので、5匹目の末っ子ということになります。♂で、名前は「くぅちゃん」に決まりました。今回は、その「くぅちゃん」にまつわる我が家の一大事のお話です。

 くぅちゃんの生年月日は2015年5月18日。6月21日に34日齡でわが家にもらわれてきました。体重465gの八割れの白黒猫でした。離乳を始めたばかりのようでしたが、栄養状態や一般状態には問題が無いように感じました。可愛らしい新しい家族に、娘も家内も大はしゃぎです。先住猫の立ち入らない娘の部屋で、くぅちゃんの新しい生活がスタートしました。ワクチン接種が終わり、ドライフードをしっかり食べられる110日齢くらいまでは、子猫を先住猫と一緒にしないのがわが家の習わしです。例によって、くぅちゃんの新生活3日目にウイルスチェックということになりました。同時に、ノミや回虫などの外部・内部寄生虫の駆除も行います。

 採血をし、コンジュゲートと混和してFeLV/FIVコンボキットの受け口にピペットで滴下します。サンプルがアクティベートサークルに到達したらカチンとキットを押し下げ反応開始です。





・上が陽性コントロール
 (きちんと反応が成功すれば発色)
 これだけが発色すればウイルス(―)
・左が発色すればFIV(ネコエイズ)(+)
・右が発色すればFeLV(猫白血病ウイルス)(+)


判定は10分後。あろうことか、くぅちゃんの検査結果はFeLV(+)。まさか。思わず息を飲みました。わが家に来た猫で、レトロウイルス陽性の猫は、初めてだったのです。



 しばしの無言。様々なことが頭をよぎります。「先住猫とは一生一緒にはできない。」「それどころか1歳の誕生日すら迎えることができない。」などなど。

 人のレトロウイルスによる感染症はHIV=エイズと呼ばれています。猫にはなぜかこの厄介なレトロウイルスの仲間による感染症が2つもあるのです。一つはFIV=ネコエイズで、もう一つがFeLV=ネコ白血病ウイルス感染症です。くぅちゃんの血液中にこのネコ白血病ウイルスが存在することが証明されてしまったのです。くぅちゃんがウイルスを体から排除できる可能性は低く、発症すれば死の転帰をたどってしまいます。感染後2年で63%、3年半で83%が死亡するというデータがあります。持続感染期には、がん(悪性腫瘍)、血液の病気、免疫の病気、他の感染症など、様々な病気に苦しめられることになります。

 FeLVに対し何の予防措置もとっていない猫の集団に1頭の陽性ネコを入れた場合のデータがあります。



 FeLVは唾液から感染しますが、表の1行目のように、20〜30%の猫が感染自体をはねつけ、抗体陽性になります。それ以外の場合は、感染後2〜4週間程度でウイルス検査陽性になります。成猫では、3行目のようにウイルス血症になった猫がウイルスを排除し、感染を終結させることがあります。この場合、健康猫と同等の寿命を全うすることができるといわれています。ただし、レトロウイルスの特徴としてウイルス自体が宿主の細胞のDNAに逆転写酵素によってプロウイルスとして組み込まれて増殖するため、ウイルス血症が終結しても、プロウイルスは長期間細胞内に存在します。通常、プロウイルスは6〜9か月程度で断片化されますが、10%程度の症例では1年以上再増殖可能な状態が続きます。いずれにせよ、断片化したプロウイルスが完全に排除されることはなく、DNAの傷として残りますので、非感染猫と比べ、リンパ系腫瘍の発生リスクが高いと考えられています。

 この表では集団としての感染リスクは良く分かりますが、感染時の年齢によるリスクの差は考慮されていません。そこで別のデータです。



 くぅちゃんにとって、厳しい現実が立ちはだかっています。生後36日のくぅちゃんが、ウイルスを排除できる確率は厳しく見積もるとゼロということなのです。

 言葉を失ったままでいると、家内が誰にともなく、言い聞かせるように口を開きました。 「どの猫も、いつ死ぬのかなんて分からへん。生きている間、精一杯かわいがってあげたらそれでええやないの。」ハッと我に帰り、「やれることはやろう。最善は尽くす。」と心に決めたのでした。

 翌日から連日7日間、ネコインターフェロン-ω(インターキャット™)の投与を行いました。「Virbagen Omega」の商標で輸出されたものが海外で認可になっており、FeLVに対する効能が認められているからです。くぅちゃんは連日の注射にもめげず、元気に走り回り、食欲も十分です。

 一方、先住猫たちは3種混合ワクチンを接種していましたが、FeLVの入った5種混合ワクチンではありませんでした。完全室内飼いで、3種で十分と考えていたからです。将来のくぅちゃんとの偶発的な接触を考えれば、避けられるリスクは避けねばなりません。4匹そろって、1回目の5種ワクチン接種を敢行しました。4週先には2度目の接種です。3種混合を接種しているのでFeLVの単体ワクチンで十分なのですが、残念ながら入手可能な単体ワクチンはアジュバント加ワクチンしかありません。ワクチン関連肉腫のリスクを避けるために、ノンアジュバントワクチンを選択しました。先住猫たちからすれば降ってわいたような災難に、不平タラタラといった様子です。

 そして1か月半後の8月6日。80日齢になったくぅちゃんの体重は1402g。ここまではFeLVを発症することもなくすくすくと育ってきました。1か月後と言いながら、結果を知るのが恐ろしく、日延べしてきた2回目のウイルスチェックでした。



 10分後にはFeLVスポットに変化はなく、11分でほんのりと発色。陰性と判定しても良いのかもしれませんが、糠喜びはしたくありません。でも、血中のウイルス量は減少していることは間違いないのです。小躍りしたいのを抑えて、さらに1か月後に再検査することにしました。

 9月3日、くぅちゃんの体重は1936g。



 10分後も、それ以上何分待っても、FeLVスポットに変化はありません。初回検査から108日、くぅちゃん、陰転しました。家内の顔にも、娘の顔にも、笑顔が広がります。くぅちゃんの身を案じながら、祈るように毎日世話をしてきた家内と娘に、心から祝福を。そして、なにより、自身の将来を自分の体で勝ち取ったくぅちゃんにおめでとうの気持ちでいっぱいです。この結果を与えてくださった八百万の神に、心から感謝、感謝。あふれる感謝の気持ちは尽きません。

 くぅちゃんのことは、獣医師としても本当に貴重な経験になりました。今現在、くぅちゃんの骨髄細胞中には、プロウイルスが存在します。ウイルス増殖再開の可能性がゼロではありません。また、高齢になった時にリンパ腫発症のリスクは健康な猫より高いかもしれません。そのことを常に頭の片隅に置きつつ、大喜びで先住猫と一緒になって遊ぶくぅちゃんの姿 に、目を細めずにはいられないのでした。



(文責:よしうち)





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