「痒みを断つ」の話

「痒みを断つ」の話

  「分子標的薬」という言葉を、最近、時々耳にするようになりました。何やら難しそうな名前で、余程のことでもない限り縁のなさそうな薬に思えてしまうかもしれません。

  近年の生命科学の進歩は目まぐるしく、あまたの研究者が、ゲノムレベル、分子レベルでの生命の仕組みの解明にしのぎを削っています。その成果が創薬(新しい薬の開発)にフィードバックされ、正常な細胞とがん細胞や様々な疾患を呈する細胞の違いの解析に生かされ、がんの増殖や転移に必要な分子を特異的に抑えたり、関節リウマチなどの炎症性疾患で炎症に関わる分子を特異的に抑えたりすることで治療効果が得られるような薬剤が生まれてきているのです。

  今夏、アポキル錠という商品名で分子標的薬が上市される予定です。薬剤名はオクラシチニブで、「犬のアトピー性皮膚炎治療剤/アレルギー性皮膚炎抗掻痒剤」として認可されました。

  そもそも、犬の痒みというのはどのように伝達されるのかというところから話を始める必要があるでしょう。皮膚に炎症が起きると、サイトカインなどの痒みの誘発物質が放出され、知覚神経に分布する痒みに特異的な受容体と結合します。それによって発生したシグナルが脊髄を通り脳の痒み認識領域に伝わります。(下図)



犬では、痒みを誘発するサイトカインは、主としてIL-31(インターロイキン31)だと考えられています。このIL-31が知覚神経に分布するサイトカイン受容体に結合すると、細胞内で受容体とヤヌスキナーゼ(JAK)が結合し、STATと呼ばれる細胞内シグナルを介して転写が活性化し、痒みが誘導されるのです。(下図)



オクラシチニブは、このJAKを阻害し、結果としてIL-31の働きを抑制します。
(以下作用のイメージ図)


(オクラシチニブ)


(IL-31が受容体に統合し痒みが誘導される)


(オクラシチニブがJAKを阻害し痒みの伝達が遮断)

 オクラシチニブはIL-31の働きを抑制しますが、同じ受容体に結合するそれ以外のサイトカイン(IL-2, IL-4, IL-6など)の働きにはほとんど影響を与えないことが確認されていて、極めて安全性が高いと考えられています。

  それでは効果の程はどうなのでしょうか。投与後4時間以内に効き始め、14日以内に痒みは半減するというのです。しかも、アトピー性皮膚炎の痒みであれ、どんなアレルギー性皮膚炎の痒みであれ、同じように効果を発揮し、ステロイド剤のような副作用も全くないという、画期的という平凡な言葉で表現するのもはばかられるような、夢の薬といって良いのかもしれません。

  今夏以降、国内での使用が始まり、評価は徐々に固まることと思いますが、すでに先行発売されている海外での評価は極めて高く、犬アトピー性皮膚炎治療薬として「推奨度A」とされ、治療ガイドラインに即座に記載された実績があります。

  ワンちゃん自身にもそのご家族にとっても文字通り夜も眠れぬほど辛かった痒み、獣医師にとっては副作用をにらみながら使用するステロイド療法やシクロスポリン療法の悩ましさ、これらから解き放たれるという期待感が膨らみます。

  残念ながら、猫や人では痒みの伝達に関与するサイトカインが犬とは異なるようで、痒みが専らIL-31に起因するというワンちゃんでこその新薬登場となったようです。

  眠れぬ夜からの解放間近。アトピーのワンちゃん、あと少しの辛抱です。

(文責:よしうち)




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