「フェロモンと相性遺伝子」の話

「フェロモンと相性遺伝子」の話

わが家の猫たちもいつの間にか増えて、7匹になってしまいました。最後に仲間入りしたのは、コテツとチャーの同腹兄弟で、今年の2月生まれ。この2匹、授乳からずっと一緒に育ってきたからか、とにかく仲が良いのです。いつも一緒に寝て食べて遊び、二人育ちのお陰で性格も穏やか、人にも優しい良い子たちなのです。でも、困ったことに先住猫との相性は対照的。自然と溶け込んでいくタイプのコテツに対し、すぐに「シャーッ」と警戒心をあらわにするチャー。いったい何が違うのでしょう。



  人での「脳とにおい」の研究があります。「におい」をとらえるのは嗅覚ですが、視覚、聴覚、嗅覚、味覚、触覚の五感はすべて脳でコントロールされています。例えば視覚は、主に新皮質と呼ばれる脳の中でも比較的、後に発達した部位で支配されています。人間はこの部位が発達しており、まず「これは花だ」と視覚が識別し、その後「きれいな花だ」と情緒的な判断が行なわれるわけです。
  それに対し、嗅覚は、主に大脳辺縁系という部位で支配されていて、原始的な感覚といわれています。同時に大脳辺縁系は、情緒や欲動、記憶をコントロールしているため、「におい」を嗅いだ瞬間「いいにおい」、「嫌なにおい」というように、すぐさま感情に結びつきます。(出典:杏林大学医学部教授 古賀良彦氏著『花からのメッセージ―心とからだすこやかに』)

  全く別の研究で、ヒトのMHC(主要組織適合性複合体)遺伝子が相性を左右するという研究があります。MHCは、白血球などにあるタンパク質を作る遺伝子の複合体です。このMHCはヒトによって型が違い、何万通りもあるのですが、ヒトはこのMHC型が似ていない相手に惹かれるということが、ある大学の実験で明らかになりました。

  ──44人の男子学生に同じTシャツを2晩着てもらい、50人の女子学生にそのTシャツの匂いをかいでもらって、好感度を採点するというものです。「とってもいい感じ」から「とっても嫌」まで10段階評価で採点をしたのですが、MHC型が似ていれば似ているほど女子学生の採点は辛くなり、かけ離れているほど良い評価をするという結果が出ました。ちなみに、同じ実験を男子学生同士で行なっても、まったく同じ傾向が出たそうです。つまり、私達は性別に関係なく、自分と違うMHC型を持った相手に惹かれる、というわけです。──私達は、目に見えないMHC型を「におい」で判別しているということになります。といっても、はっきりと分る匂いではなく、無意識に感じる「におい」、いわゆる「フェロモン」というものです。

  残念ながら、フェロモン=MHCではありません。まだはっきりとしたことは分っていませんが、MHCはフェロモンを運ぶ「運び屋」の働きをしていると考えられています。体内でフェロモンとなる匂い物質を抱え込み、汗や尿に混ざって体外に出る。そこでMHCは脱ぎ捨てられ、中の物質が揮発してにおうのではないかというわけです。MHCの型が違えば中にある物質の型も違うので、人によって匂いが違うということになるのです。

  もともと、MHCはウィルスや病原体など体外からの侵入者を捕らえ、その居場所を免疫細胞に知らせるという役割を持っています。つまり、体内のMHCの型が増えれば、捕えられる「外敵」の種類も多くなる。よって、型が異なる者同士の子供は、病気に冒されにくい丈夫な体を持つことができるというメリットがあるのです。MHCは気持ちの上での相性ではなく、身体的な相性に関係していると考えた方が良いのかもしれません。(出典:早稲田大学人間科学部教授 山元大輔氏著『恋愛遺伝子 運命の赤い糸を科学する』)

  嗅覚の退化した人ですら、無意識に「におい」で相性が左右されているというわけですから、フェロモンを感知するための「ヤコブソン器官」と呼ばれる特殊な器官をもっている猫たちでは、相手の「におい」をかいだ瞬間に相性が分かり、さらに好意や敵意といった感情と直結するのかもしれません。

  猫が分泌するフェロモンの内、特に顔面部から出されるものをフェイシャルフェロモン(Feline Facial Pheromone, FFP)と呼びます。現在、フェイシャルフェロモンにはF1からF5までの5種類が確認されています。



  これらの内のどれか、もしくはいくつかがヒトと同じようにMHCを反映したもので、相性に関連があるとすれば、コテツとチャーの違いもこのあたりにあるのかもしれません。

  また、繁殖期に入ったメスの尿には性フェロモンと呼ばれるオス猫をひきつけてやまない成分が含まれています。この性フェロモンがオス猫のヤコブソン器官に触れると、目の焦点がトロンとなって口が半開きになり、一瞬「おかしくなったかな?」と思われるような表情を見せることがあります。これは「フレーメン反応」と呼ばれる生理現象で、猫はこの奇妙な表情を作ることにより、切歯のすぐ裏にあるヤコブソン器官の開口部を広げ、受け取った刺激を器官内へ運んでいると言われています。この求愛すべきか否かの判断にも、MHCが関連しているのかもしれません。

  そういえば、コテツとチャーのすぐ上の兄貴のくぅちゃんは、先住の4匹の猫たちから何のダメ出しもなくすんなりと受け入れられました。明らかに洋猫系の血が濃そうなくぅちゃんのMHC型が、先住の4匹の日本系のMHC型と大きくかけ離れているために、好感度が高かったのかなと、今後のネコのフェロモン研究の進展に期待を抱かずにはいられません。

(文責:よしうち)



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