2017年4月1日
泌尿器
腎機能低下の抑制に関する臨床試験の結果です。
「ドラッグ・リポジショニング」の話
ドラッグ・リポジショニングという言葉をご存知でしょうか?
今、化合物の種類が出尽くし頭打ちとなって、新薬が開発されにくくなっています。しかも新薬が生まれたとしても、その先には数多くの安全性試験にパスする必要があり巨額の投資が必要となるのです。こうした新薬が実際に販売される確率は、テストされる新薬全体の3万分の1だというから驚きです。
そんな中、既存の薬を別の病気の治療薬として使う試みが始まっています。既存の薬であれば安全性は折り紙つきで、このような手法を「ドラッグ・リポジショニング」と呼んでいます。
例えば、糖尿病治療薬「メトホルミン」が、がんに効くという研究や、高脂血症薬(スタチン)が脳卒中に効くという研究などが良く知られています。
このように、毎年、ドラッグ・リポジショニング関連の論文は増え続けていて、その活況ぶりがうかがえます。
今月、そんな流れによって生まれた動物用の新薬が、販売開始される予定です。人体用医薬品で、慢性動脈閉塞症に伴う潰瘍・疼痛・冷感の改善/原発性肺高血圧症の治療薬として認可されているベラプロストナトリウムという薬剤です。「東レ=アステラス」の開発で、1992年4月に「ドルナー」という商品名で血行障害改善薬として、また、2007年12月に「ケアロードLA」という商品名でプロスタサイクリン受容体(IP受容体)作動薬として保険収載されています。その薬剤が対象をヒトからネコに移して、猫の慢性腎臓病治療薬として販売されるのです。異なる薬効や有効性を求めるリポジショニングとは微妙に違いますが、異なる動物種で異なる有用性を発揮するという意味合いでは、ドラッグ・リポジショニングのひとつと考えても良いのではないでしょうか。
従来の猫の慢性腎臓病の治療は、食事療法、輸液療法が主体で、薬物療法としては、ACE阻害薬(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)、ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)、アンモニアやリンの吸着剤が用いられています。そこに新たに加わるプロスタサイクリン(PGI2)誘導体製剤(商品名ラプロス®)は、猫の慢性腎臓病の治療をどのように変えてくれるのでしょうか。
ベラプロストナトリウムは、血管内皮細胞保護作用、血管拡張作用、炎症性サイトカイン産生抑制作用、抗血小板作用を有しています。それらの作用によって、慢性腎臓病における腎糸球体障害、尿細管間質の炎症および線維化、微小血栓の形成および虚血状態を抑制すると考えられています。その結果、慢性腎臓病の猫の腎機能低下の抑制、臨床症状の改善が得られます。
作用機序を図で表すと以下のようになります。
腎機能低下の抑制に関する臨床試験の結果です。
臨床症状改善に関する臨床試験の結果です。
少なくとも臨床試験の結果を見る限り、従来にない腎臓の保護作用が期待でき、慢性腎臓病の進行が抑制されそうです。適用はIRIS※ステージ2〜3に限られます。
(※International Renal Interest Society:国際腎臓病研究グループ)
(※International Renal Interest Society:国際腎臓病研究グループ)
特にIRISステージ3の腎臓病において、従来のレニン-アンジオテンシン系に作用する血管拡張薬では、作用が強く出て血圧が低下し過ぎ、かえって腎臓の血流量が下がってしまう症例もあり、使用できない場面が多々ありました。ベラプロストナトリウムでは、そこまでの血圧低下が起きない可能性が高いため扱いやすく、また、尿細管間質の炎症および線維化、微小血栓の形成を抑制することから、腎機能低下の悪循環を断ち切ることができるかもしれないというプラスアルファが期待できます。
まだまだ、これから使用が始まる薬剤ですから、どの程度の有用性を発揮してくれるのかを注視していかねばなりませんが、少なくとも臨床症状の改善には大きな期待を寄せたいと思います。
新薬開発の難しい時代に、ヒトの製剤の中から動物に有用性が期待できるものをセレクトし、動物薬として研究開発するという新たなドラッグ・リポジショニングは、製薬会社にとっても、動物たちにとっても嬉しい流れに違いありません。
(文責:よしうち)
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