2019年2月1日
猫学
「猫が伴侶動物になった訳」の話
齋藤慈子先生(武蔵野大学教育学部講師・上智大学総合人間科学部心理学科准教授)の研究分野は、発達心理学・進化心理学・比較認知科学。人の心だけでなく、人と伴侶動物との関係も学術的に研究しておられます。ペットサミットなどでも講演され、子どもの頃からいつもそばに猫がいる環境だったという大の猫好きの専門家のお話に、興味は尽きませんでした。解説も含めご紹介したいと思います。
と講演を結ばれたのでした。
齋藤慈子先生は別の論文でこうも言っておられます。
「猫の社会性の発達が不完全であることから、今後もさらに社会的行動や社会的認知能力が発展する可能性があります。さらに、近年、日本では完全室内飼育や不妊・去勢手術が普及し、急速に猫への人為選択がかかっている状態といえ、最近の猫の中には犬のように飼い主のそばから離れなかったり,分離不安を見せたりする個体がいると報じられました(朝日新聞出版社,2017)。このような犬化ともいえる猫の変化は、人為選択の結果である可能性があり、今後さらにこういった行動の変化が広がるかもしれません。」
2017年、ついに国内における猫の飼育頭数が犬の飼育頭数を上回りました(犬:約892万頭,猫:約953万頭,日本ペットフード協会,2017)。日本に限らず、現代において猫は犬に並ぶ伴侶動物の地位を得たといっても良いでしょう。
犬は伴侶動物の代表です。犬には、人が定住し農耕牧畜を始める前、狩猟採集生活をしていた時代からの非常に長い共生の歴史があります(およそ1万5千年前)。その過程では積極的な人為選択がかけられ、3〜4千年前から犬種が確立されています。祖先は地球上でもっとも協力的で社会性が高い哺乳類とされるオオカミ。このオオカミの高い社会性をもとに人と協力して狩猟をするような共存の歴史の中で,犬は人と同じように社会的スキルやコミュニケーション方法を共進化させてきたといわれています。犬はまさになるべくして人の伴侶動物となったのです。
一方、農耕文化の始まり(およそ1万年前)とともに,近東で、多くのネコ科動物と同じく単独性でなわばりをもつリビアヤマネコが人の傍で生活するようになったのが、猫の始まりではないかとされています。猫は、農耕により蓄積されるようになった穀物類にひきつけられるネズミを獲物とすることで人に歓迎され、人からも食物をもらって生活をしてきましたが、肉食で、近年まで人が供給する食物だけでは十分な栄養を得ることができませんでした。猫の実用的な役割はネズミ捕りであり、その能力は野生型の猫が最も優れていることから、人為選択をかける実用的な動機はなかったとされています。繁殖にヒトの手が加えられ、猫種が確立されたのはごく最近のことなのです。
このように、祖先種の特性、人との共存の歴史の長さ、人為選択の有無という点で、猫は犬とは全く異なります。猫が自由気ままでツレナイ態度をとるのも当然なのかもしれません。それにもかかわらず、どのようにして猫は人の伴侶動物になることができたのでしょう。
この1万年の間に、猫に生じた変化を見てみましょう。
まず、祖先であるリビアヤマネコを含む小型のネコ科の動物にはそもそもヒトを怖がらずに親和的な行動をする特性が備わっていたことが示唆されています。これは、進化の考え方で前適応と呼ばれ、ある環境に生き物が適応していく過程で、ある機能を持って維持されていた形質が転用されて別の機能を担うようになり、新たな適応的な形質として進化することをいいます。
そして、人の傍にはネズミやその他の食物が豊富で、元来は単独性だった猫が集まってきて社会性が生まれ、その場所に集団を形成するようになります。その中では、社会的な順位を作るようにもなり、血縁のない猫同士がじゃれて遊んだり、劣位のネコが優位のネコに向かって尻尾をあげて近づいていって挨拶するといった猫独自のコミュニケーションも生まれてきました。集団の中での社会的寛容性が増大していったのです。
一方で人に対する社会性も生まれてきました。鳴き声にも変化が出てきたのです。猫の特徴的な鳴き声である「ミャー(meow)」は、本来幼体でしか発せられないものですが、成猫となった後も人の気を引くための信号として使われるようになりました。人にとってより心地良いと感じられる知覚的なバイアスによって選択圧を受けたと考えられています。可愛らしい声で鳴く猫にはついつい食べ物をあげてしまいますよね。さらに、猫は様々なバリエーションをもってこの「ミャー」を発することができ、猫と人の双方の学習により意味の伝達までできるようになるといわれています。
さらに、猫は人に懐くようになった、というのが大きな点です。飼育環境や遺伝要因があるともいわれていますが、生後2〜7 週の間が社会化の感受期で、その間にいかに色々なヒトと接するかが大人になったときのいろんな人への順応の高さにつながると言われています。
京都大学で行われた研究に、社会行動に関係すると言われている「バソプレシン」というホルモンの受容体の遺伝子配列を調べた研究があります。イエネコと、トラやライオンなどほかのネコ科の動物を比較したところ、イエネコだけにその遺伝子の多様性が見られることが分かったそうです。さらに、その多様性の中でイエネコだけに見られるタイプの遺伝子を持っている個体は、人から逃げにくい特性を持つ傾向にあることも分かったそうです。これは、猫が人と暮らし、進化してきた中で、そのタイプの遺伝子を持っていた方が生存に有利だったことから、現在のネコにも受け継がれてきているものだと考えることができます。
これらの猫で見られる変化は、基本的に人為選択ではなく自然淘汰によるもの、猫自らの選択の結果と考えられています。人もまた自己選択の結果、今の社会を築いてきた動物です。犬でも、オオカミが人との共存を始めた当初は、同種内における攻撃性の低下に対する自然淘汰の過程が見られましたが,その後積極的な人為選択がかけられたと考えられるため、社会性の進化過程は,犬より猫の方が人に近いといえます。
このように進化を遂げた現代の猫には、研究により、かなりの対ヒト社会的認知能力のあることが分かってきています。
まず、当然といってもよいことではありますが、猫は知っている人と知らない人を区別し、飼い主の声を聞き分けます。いくつかの実験は猫が飼い主と知らない人の見た目や声をしっかり区別できていることを示しました。
犬は解決できないような問題に直面すると飼い主の顔を見ます。しかし、猫は見ません。猫は飼い主に頼らず自分で問題解決しようと頑張ります。また、未知の物体に遭遇したり、未知の状況に置かれたとき、飼い主の表情を見てそれを参考に自分の取る行動を判断するという、社会的参照は猫もします。つまり、猫も人の表情をある程度読めているということです。
さらに猫は、人の感情状態も察知していることを示す研究があります。飼い主にうつ傾向があると、猫が頭やわき腹をこすりつけるという行動が多くみられ、猫が慰め行動をしているだろうことがそこから推察されています。
人の表 情や姿勢によって、猫が行動を変えることも示されています。飼い主さんが幸せそうな表情をしているとそばにいることが多いのですが、怒っている表情のときにはあまりいない、という結果がでています。一方、見ず知らずの人が同じように表情を変えても、猫の行動には影響がなかったそうです。
このように、社会的認知力の研究から、猫は犬と同レベルとまではいかないにしても、意外と人のことを理解していることが証明されつつあります。ただし、人に対する行動の特徴は犬とはまったく違っています。
人と猫では、どちらが相互作用の主導権を握っているのかに関する研究があります。Turner(1991)は、人と猫それぞれが相手に対して行う、交流を開始する際の「意図」(接近や発声)と、その「意図」が実際に成功し交流ができたかどうかを記録しました。その結果、人の「意図」成功率は交流時間と負の相関があり、猫の「意図」成功率は交流時間と正の相関がありました。このことから、人が猫との交流時間を制御しているのではなく、猫の方が人との交流を制御していることがわかったのです。ヒトに左右されない、ツレナイ行動が証明されたのですね。
このような社会的認知力を持つ猫は、人から食べ物をもらい、子猫の行動をもって人に接し、あたかも人が親代わりであるかのように振る舞い、人は猫を自分の子どもと類似したものとしてとらえていると考えられています。食べ物や住居を提供するだけでなく、触り、話しかけ、同じベッドで寝て、実の子どものような愛着関係を形成するのです。事実、飼い主が猫に話しかける声は、人が赤ちゃんに話しかける声と音響学的に類似しているといわれています。人が猫は猫に過ぎないということを理解しているとしても、愛着は非常に強く、それは猫が飼い主に「適切に」反応するという行動によって支えられているのです。
伴侶動物に求められるものとして、まず「家族である」ということがあります。犬や猫は息子であったり娘であったり、あるいはパートナーと考えている方がとても多いです。そしてかわいさですね。特に猫にはかわいさがあると思っています。もうひとつは、世話あるいは自分を必要としてくれることです。これら3 つが、人が伴侶動物に求めていることではないかと思います。そしてそれは、人の子どもが持っている特徴でもあります。人が伴侶動物に求めるものは犬猫に共通な点も多いと思いますが、犬と猫では人に対する行動が違う、極端な言い方をすれば愛情の示し方が違うということをしっかり認識しておくことが大切だと思います。
犬は伴侶動物の代表です。犬には、人が定住し農耕牧畜を始める前、狩猟採集生活をしていた時代からの非常に長い共生の歴史があります(およそ1万5千年前)。その過程では積極的な人為選択がかけられ、3〜4千年前から犬種が確立されています。祖先は地球上でもっとも協力的で社会性が高い哺乳類とされるオオカミ。このオオカミの高い社会性をもとに人と協力して狩猟をするような共存の歴史の中で,犬は人と同じように社会的スキルやコミュニケーション方法を共進化させてきたといわれています。犬はまさになるべくして人の伴侶動物となったのです。
一方、農耕文化の始まり(およそ1万年前)とともに,近東で、多くのネコ科動物と同じく単独性でなわばりをもつリビアヤマネコが人の傍で生活するようになったのが、猫の始まりではないかとされています。猫は、農耕により蓄積されるようになった穀物類にひきつけられるネズミを獲物とすることで人に歓迎され、人からも食物をもらって生活をしてきましたが、肉食で、近年まで人が供給する食物だけでは十分な栄養を得ることができませんでした。猫の実用的な役割はネズミ捕りであり、その能力は野生型の猫が最も優れていることから、人為選択をかける実用的な動機はなかったとされています。繁殖にヒトの手が加えられ、猫種が確立されたのはごく最近のことなのです。
このように、祖先種の特性、人との共存の歴史の長さ、人為選択の有無という点で、猫は犬とは全く異なります。猫が自由気ままでツレナイ態度をとるのも当然なのかもしれません。それにもかかわらず、どのようにして猫は人の伴侶動物になることができたのでしょう。
この1万年の間に、猫に生じた変化を見てみましょう。
まず、祖先であるリビアヤマネコを含む小型のネコ科の動物にはそもそもヒトを怖がらずに親和的な行動をする特性が備わっていたことが示唆されています。これは、進化の考え方で前適応と呼ばれ、ある環境に生き物が適応していく過程で、ある機能を持って維持されていた形質が転用されて別の機能を担うようになり、新たな適応的な形質として進化することをいいます。
そして、人の傍にはネズミやその他の食物が豊富で、元来は単独性だった猫が集まってきて社会性が生まれ、その場所に集団を形成するようになります。その中では、社会的な順位を作るようにもなり、血縁のない猫同士がじゃれて遊んだり、劣位のネコが優位のネコに向かって尻尾をあげて近づいていって挨拶するといった猫独自のコミュニケーションも生まれてきました。集団の中での社会的寛容性が増大していったのです。
一方で人に対する社会性も生まれてきました。鳴き声にも変化が出てきたのです。猫の特徴的な鳴き声である「ミャー(meow)」は、本来幼体でしか発せられないものですが、成猫となった後も人の気を引くための信号として使われるようになりました。人にとってより心地良いと感じられる知覚的なバイアスによって選択圧を受けたと考えられています。可愛らしい声で鳴く猫にはついつい食べ物をあげてしまいますよね。さらに、猫は様々なバリエーションをもってこの「ミャー」を発することができ、猫と人の双方の学習により意味の伝達までできるようになるといわれています。
さらに、猫は人に懐くようになった、というのが大きな点です。飼育環境や遺伝要因があるともいわれていますが、生後2〜7 週の間が社会化の感受期で、その間にいかに色々なヒトと接するかが大人になったときのいろんな人への順応の高さにつながると言われています。
京都大学で行われた研究に、社会行動に関係すると言われている「バソプレシン」というホルモンの受容体の遺伝子配列を調べた研究があります。イエネコと、トラやライオンなどほかのネコ科の動物を比較したところ、イエネコだけにその遺伝子の多様性が見られることが分かったそうです。さらに、その多様性の中でイエネコだけに見られるタイプの遺伝子を持っている個体は、人から逃げにくい特性を持つ傾向にあることも分かったそうです。これは、猫が人と暮らし、進化してきた中で、そのタイプの遺伝子を持っていた方が生存に有利だったことから、現在のネコにも受け継がれてきているものだと考えることができます。
これらの猫で見られる変化は、基本的に人為選択ではなく自然淘汰によるもの、猫自らの選択の結果と考えられています。人もまた自己選択の結果、今の社会を築いてきた動物です。犬でも、オオカミが人との共存を始めた当初は、同種内における攻撃性の低下に対する自然淘汰の過程が見られましたが,その後積極的な人為選択がかけられたと考えられるため、社会性の進化過程は,犬より猫の方が人に近いといえます。
このように進化を遂げた現代の猫には、研究により、かなりの対ヒト社会的認知能力のあることが分かってきています。
まず、当然といってもよいことではありますが、猫は知っている人と知らない人を区別し、飼い主の声を聞き分けます。いくつかの実験は猫が飼い主と知らない人の見た目や声をしっかり区別できていることを示しました。
犬は解決できないような問題に直面すると飼い主の顔を見ます。しかし、猫は見ません。猫は飼い主に頼らず自分で問題解決しようと頑張ります。また、未知の物体に遭遇したり、未知の状況に置かれたとき、飼い主の表情を見てそれを参考に自分の取る行動を判断するという、社会的参照は猫もします。つまり、猫も人の表情をある程度読めているということです。
さらに猫は、人の感情状態も察知していることを示す研究があります。飼い主にうつ傾向があると、猫が頭やわき腹をこすりつけるという行動が多くみられ、猫が慰め行動をしているだろうことがそこから推察されています。
人の表 情や姿勢によって、猫が行動を変えることも示されています。飼い主さんが幸せそうな表情をしているとそばにいることが多いのですが、怒っている表情のときにはあまりいない、という結果がでています。一方、見ず知らずの人が同じように表情を変えても、猫の行動には影響がなかったそうです。
このように、社会的認知力の研究から、猫は犬と同レベルとまではいかないにしても、意外と人のことを理解していることが証明されつつあります。ただし、人に対する行動の特徴は犬とはまったく違っています。
人と猫では、どちらが相互作用の主導権を握っているのかに関する研究があります。Turner(1991)は、人と猫それぞれが相手に対して行う、交流を開始する際の「意図」(接近や発声)と、その「意図」が実際に成功し交流ができたかどうかを記録しました。その結果、人の「意図」成功率は交流時間と負の相関があり、猫の「意図」成功率は交流時間と正の相関がありました。このことから、人が猫との交流時間を制御しているのではなく、猫の方が人との交流を制御していることがわかったのです。ヒトに左右されない、ツレナイ行動が証明されたのですね。
このような社会的認知力を持つ猫は、人から食べ物をもらい、子猫の行動をもって人に接し、あたかも人が親代わりであるかのように振る舞い、人は猫を自分の子どもと類似したものとしてとらえていると考えられています。食べ物や住居を提供するだけでなく、触り、話しかけ、同じベッドで寝て、実の子どものような愛着関係を形成するのです。事実、飼い主が猫に話しかける声は、人が赤ちゃんに話しかける声と音響学的に類似しているといわれています。人が猫は猫に過ぎないということを理解しているとしても、愛着は非常に強く、それは猫が飼い主に「適切に」反応するという行動によって支えられているのです。
伴侶動物に求められるものとして、まず「家族である」ということがあります。犬や猫は息子であったり娘であったり、あるいはパートナーと考えている方がとても多いです。そしてかわいさですね。特に猫にはかわいさがあると思っています。もうひとつは、世話あるいは自分を必要としてくれることです。これら3 つが、人が伴侶動物に求めていることではないかと思います。そしてそれは、人の子どもが持っている特徴でもあります。人が伴侶動物に求めるものは犬猫に共通な点も多いと思いますが、犬と猫では人に対する行動が違う、極端な言い方をすれば愛情の示し方が違うということをしっかり認識しておくことが大切だと思います。
と講演を結ばれたのでした。
齋藤慈子先生は別の論文でこうも言っておられます。
「猫の社会性の発達が不完全であることから、今後もさらに社会的行動や社会的認知能力が発展する可能性があります。さらに、近年、日本では完全室内飼育や不妊・去勢手術が普及し、急速に猫への人為選択がかかっている状態といえ、最近の猫の中には犬のように飼い主のそばから離れなかったり,分離不安を見せたりする個体がいると報じられました(朝日新聞出版社,2017)。このような犬化ともいえる猫の変化は、人為選択の結果である可能性があり、今後さらにこういった行動の変化が広がるかもしれません。」
今うちにいる7匹の猫たちも、それなりに社会的行動や社会的認知能力を少しずつ変化させているのかもしれません。それをわが子の成長と捉えるのは、親ばかチャンリンでしょうか。
猫って本当にかわいいですね:^^)
(文責 よしうち)
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