神経科

「認知機能低下を予防する」の話

「認知機能低下を予防する」の話

前回のコラムの冒頭で自分の母親の話をしましたが、認知症の高齢者(65歳以上)は、団塊の世代が全て75歳以上となる2025年には多い場合で730万人となり、高齢者の5人に1人に上ると推計されています。


その一方で、認知症の治療薬(国内ではドネペジル、ガランタミン、リバスチグミン、メマンチンの4剤が使用可能)について、効果は限定的で生活の質の改善には疑問視の声が上がっています。兵庫県立ひょうごこころの医療センターの小田 陽彦(はるひこ) ・認知症疾患医療センター長が、認知症治療薬の有効性を調べた国内外の臨床試験結果を総合的に分析した結果、薬を使って高い効果があった患者の割合は、40人あたり、わずか1人に過ぎず、多少は効果が見られた患者でも、7人に1人程度にとどまるとの見解を示しておられます。

前回のコラムでもお話ししましたが、いわゆる認知症は「脳の老化に関連し、脳の変化が認知レベルの低下、刺激に対する反応の低下、学習能力の低下、記憶能力の低下を認めるもの」とされていて、通常、この変化は「不可逆的」(元に戻ることがないこと)で、治療しても正常な状態に戻ることは難しいということなのです。

認知症の早期診断・治療に取り組む「メモリークリニックお茶の水」(東京)理事長の朝田隆医師によると、薬物治療以外で認知症の予防や改善に重要とされているのは、第1に運動、次に頭を鍛える脳トレーニングです。認知症の前段階である「軽度認知障害」と判定された人のうち、4分の1は健常な状態に戻る、という国内外の報告があります。どのような人が健常に戻りやすいかを調べたところ、運動習慣がある、知的好奇心が強い、といった特徴があげられました。

先ほど脳の変化は「不可逆的」とお話ししたばかりなのに、なぜ衰えた認知機能が回復するのでしょう。それは、実際に使われている脳の細胞は半分にも満たないと言われ、脳には使われていない部分がたくさんあります。脳神経の一部が障害を受けても、代わりに新しい情報伝達の回路が作られ、衰えた機能を補うと考えられているのです。「認知予備能」仮説と呼ばれ、運動や脳トレーニングは、この考え方に基づいて行われています。

朝田医師は、二つのことを同時に行う「デュアルタスク」が効果的だと言います。運動をしながら、しりとりや計算で頭も使う、といった方法で、いわば運動と脳トレを同時に行うのです。例えば、歩きながら、頭の中で、100から順番に7を引いていく、俳句や川柳を作る、といったことです。100から7を引いていくのは、認知症検査でも行われるよく知られた方法です。
 
このように、人の認知症では治療から予防へとシフトが始まっていますが、犬や猫の認知症では、まだまだ予防意識を持っていただいている飼主の方は、少ないのではないでしょうか。シニア動物の行動の変化に気づいても、加齢による変化だと思いこんだり、具体的にどうすればよいのか分からなかったりと、結局スルーすることが多いように思います。

「アレッ!」と思ったら、まず前回ご紹介したDISHAAで認知機能の評価をしてください。そして、複数のカテゴリーで変化が見られたら、動物との関わり方、環境、食事を見直してみてください。

   
              1. 関わり方の改善

    運動

運動は脳への刺激を増やすだけでなく脳の血流をよくする効果も期待できます。シニア動物に無理のない範囲で積極的に取り組みましょう。追いかけっこやマッサージなども有効です。

    コミュニケーション

人や他の動物とのコミュニケーションを増やすことで、相互反応の変化や睡眠サイクルの乱れを抑えます。昼間に寝ている時間が増えた動物をかわいそうだからと寝かせておくのはNG。名前を呼んで起こし、オモチャなどで遊んであげて下さい。

    脳トレ

フードやおやつを詰めた知育トイの使用やモノを取ってくるゲーム、隠したフードを探すゲームなど、新たなトレーニングを始めることは良い脳への刺激になります。

    知的アクティビティー

新しい散歩道や知らない場所に行くこと、始めて食べるおやつや新しいオモチャなどは、人や他の動物への相互反応の変化や活動性の低下を防ぎます。

2. 環境

    トイレ

加齢とともに排泄のタイミングも変化しますので、まめにトイレの場所まで連れていくことは有効です。視力低下や関節炎などで今までのトイレをうまく使えない場合は、新しいトイレ環境を整備します。

    寝場所

睡眠サイクルが乱れないよう、テレビなどの騒音を下げ、灯を消して、快適な温度を保てるようにします。夜鳴きは徘徊とそれに伴う転倒や家具の隙間に挟まって身動きができずに起きることが多いので、滑り止めマットやサークルなどが有効です。

    生活リズム

規則正しく起床、食事、排泄、散歩などの時間を取り、生活のリズムを作るようにします。

3. 食事

    ペットフード

認知症は神経細胞の障害に起因するため、神経細胞を保護する栄養素を積極的に摂取することが大切です。抗酸化成分や中鎖脂肪酸を多く含むフードがお勧めです。

    サプリメント

EPA/DHAARA/DHASAMeなど、いくつかのサプリメントが利用可能です。



シニア動物とそのご家族が認知症の症状に苦しまずに、平穏に老後を暮らし、寿命を全うできるように心から願っています。認知症は治療よりも予防していくことが重要であることは、本コラムで述べたとおりです。シニア動物の行動の変化が気になれば、少しでも早く動物病院にご相談ください。対処法や栄養指導、環境整備から必要であれば薬剤による対症療法まで、動物たちとの生活の質をより幸福に保つお手伝いをさせていただきます。

(文責 よしうち)


大阪市の南大阪動物医療センター

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