呼吸器

「喉頭麻痺」の話

「喉頭麻痺」の話

「咽頭」「喉頭」と言葉は聞いたことがあっても、「喉(のど)のあたりのこと?」という以上にはイメージできないかもしれません。大雑把な言い方をすると、咽頭は食べ物の通り道、喉頭は空気の通り道、ということになります。



口に入った食べ物は11の咽頭口部、12の咽頭喉頭部を経て18の食道に入ります。空気は1の鼻孔から12の咽頭喉頭部を経て17の気管に入ります。12のあたりで食べ物と空気の通路が交差していて、15の喉頭蓋が食べ物が通過するときに気管の入り口をふさぐように後ろに反転するのです。

 

その喉頭蓋の後ろ、気管の入り口にあるのが31の披裂軟骨です。喉頭の主役=披裂軟骨は開閉することで、「誤嚥防止」(呼吸をするための通路に異物が入らないようにする)、「気道確保」(呼吸をするための空気を通す)という役割を果たしています。


この披裂軟骨は喉頭外転筋によって牽引されることで開閉していますが、その機能が障害されることで起きるのが喉頭麻痺なのです。

 

喉頭麻痺に陥った動物では、喘鳴呼吸、運動不耐、変声、呼吸困難などが認められます。高齢になるほど、また、大型犬種でより多く発症しますが、反回神経の傷害を招くような頸部外傷に引き続き起きることもあります。

 

ダンダンは白毛のポメラニアンで、頸部の外傷歴があります。先日家で倒れているのを発見され、救命処置の後に当センターに転院してきました。酸素室でかろうじて生活できる状況で、そこから出ると舌色が紫になるチアノーゼを起こして危険な状態に数秒で陥ります。喉頭麻痺の可能性が疑われましたが、確定診断は麻酔下で披裂軟骨の動きを目視で観察するしかありません。麻酔をかけ診断を確定すればそれに引き続き、少なくとも気管切開をして気道を確保する処置が必要ですし、喉頭麻痺と確定すれば、部分的喉頭切除や披裂軟骨の後方固定術を実施することが望ましい状況です。

 

数日の病状確認の後、麻酔下で披裂軟骨の動きを確認し、喉頭麻痺であれば披裂軟骨の後方固定術を実施するという治療計画を立て、準備を進め、その日を迎えました。

 

麻酔前処置を行い、導入麻酔を入れて喉頭の観察です。披裂軟骨は左右とも全く動きがありません。喉頭麻痺に間違いありません。すぐさま気管チューブを口腔から挿入し、吸入麻酔に移行します。披裂軟骨を後方に移動させ術後の気道確保をするために、気管切開術をまず実施します。第5気管輪間を切開し気管切開チューブを挿管し、麻酔回路を気管チューブから気管切開チューブに切り替え、術創を閉じます。

 

ようやく天王山の披裂軟骨の後方固定術(タイバック術)開始です。頸部外側からアプローチし、輪状披裂筋を切開して、披裂軟骨と輪状軟骨の間を離断し、左右披裂軟骨をつなぐ軟骨バンドを離断します。披裂軟骨の筋突起にナイロン糸をかけ、輪状軟骨の後背側縁を通して縫合し披裂軟骨を後方に固定します。言うは易し、ポメラニアンサイズでは1cm×1cmの術野の中で行う超難易度の高い術式です。

 

顔を引きつらせ脂汗をかきながら固定を終え、術野を閉じて手術は終了です。気管切開チューブを頸部に固定し、麻酔を覚醒させます。気管切開チューブが入っているうちは、今までよりも容易に呼吸が可能で、しばしの安息がダンダンに訪れます。

 

披裂軟骨の後方固定術(タイバック術)は、喉頭麻痺そのものを治せるわけではなく、開くことができずに空気を吸い込めない状況を回避するために、片側の披裂軟骨をズラし、常に半開きに保つための救済手術です。タイバックによって十分な気道の確保ができなかった場合には、喉に空気の吸入口を作成する永久気管瘻の手術が必要になるかもしれません。

 

術後の腫れが引く3日後に、ダンダンの気管切開チューブを抜去することに決めていました。もちろん無麻酔で、気管切開チューブを固定している紐を解き、テープやコットン包帯を取り除き、抵抗もなくスポンとチューブが抜け出てきます。その瞬間のダンダンの舌色に視線が吸い付けられていきます。こともなげに口呼吸を始めたダンダンの舌色はピンクのまま、何事もなかったように看護師スタッフに抱っこされている表情は、心なしか得意げです。

 

毎日のメンテナンスが悩ましい永久気管瘻を免れたダンダンは、ドライフードも嬉しそうに看護師スタッフの手から食べてくれるようになりました。いつの間にか、ダンダンは病院のアイドル的存在になっていました。

 

「合併症を起こすことなく元気に毎日を過ごしてね!」

ダンダンが退院する日、どこか寂しげなスタッフの姿を尻目に、心の中で祈らずにはいられませんでした。

 

(文責 よしうち)



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