猫学

「スコティッシュ・フォールドの折れ耳は病気?」の話

「スコティッシュ・フォールドの折れ耳は病気?」の話

1111日〜13日に福岡でFAVA(アジア獣医師会連合)の大会が開催されました。メインテーマはワンヘルスでしたが、多くのプログラムが企画され、その中の日本小動物獣医学会シンポジウム「小動物の遺伝子疾患UPDATE にも参加してきました。

 

そのシンポジウムの発表の一つに「スコティッシュ・フォールド・キャットの折れ耳は病気の症状か否か」というのがありました。スコティッシュ・フォールドには骨軟骨異形成という難治な遺伝子疾患があることは動物医療関係者であれば知らない人はありません。それがどこまで解明されているのか、今後にどのような課題が残されているのか、興味深いお話が聴けましたのでご紹介したいと思います。

 

 

スコティッシュ・フォールドはその名の通り(fold:折り曲げる)、耳介が前方に折れ曲がる外観を持ち、愛くるしい顔貌で、世界的に人気が高い猫種です。

 

動物行動学者のローレンツ博士が解説する幼児図式に折れ耳が花を添えているのですから、多くの人が惹きつけられるのも無理からぬことなのかもしれません。

 

スコティッシュ・フォールドは、スコットランドで発見された1匹の突然変異猫に由来します。この猫は耳介が前方に折れ曲がる顔貌を持っていました。この変異猫を用いて繁殖を繰り返し、猫種としての確立を目指した人たちがいたのです。しかし、ときに重度な骨障害を示す猫が生まれるため、正式な猫種として登録されることはありませんでした。ところが、折れ耳を示す猫はアメリカに渡り、ブリティッシュ・ショートヘアやエキゾチック・ショートヘアとの交雑を行い、猫種として固定され、“折れ耳の猫は正常な耳を持つ猫と交雑すると、折れ耳の顔貌を示す猫でも重度の骨障害を起こすことは極めて稀である”として、スコティッシュ・フォールドとして猫種登録されたのです(CFA)。(FIFeGCCFではいまだに未公認です。)

 

 

スコティッシュ・フォールドの遺伝子異常は、カルシウムイオン透過性チャンネルであるTRPV4 の点変異による機能獲得型変異であると報告されています。スコティッシュ・フォールドでは、変異によりこの陽イオンチャネルが活発化し、変異したチャネルをもつ細胞ではカルシウム濃度が高いことが実験的に証明されています。

 

この変異が耳介軟骨や四肢の骨軟骨で異常を起こし、表現型としての折れ耳や骨軟骨異形成を示すのです。つまり、折れ耳のスコティッシュ・フォールドは骨軟骨異常を常に発症していると考えなければなりません。

 

スコティッシュ・フォールドの骨軟骨異形成は不完全優性形質であり、優性ホモでは、手根および足根に大型の骨瘤を形成します。骨瘤は生後12 カ月で認められるようになり、生涯にわたり進行します。数年で骨瘤はかなり大型になり、やがて歩行困難を起こしてしまうのです。骨瘤を持つ個体には尾椎の癒合を認めることもあります。一方、ヘテロ接合では、前肢(指骨、中手骨、手根骨)および後肢(指骨、中足骨、足根骨)で骨の形態異常を示します。優性ホモ猫に認められる骨瘤に比べると、ヘテロ接合の猫の骨軟骨異常は軽度で、レントゲン検査をして初めて分かることもよくあります。

 


このようなことから、イギリスおよびフランス国内では品種の繁殖自体が禁止されていますが、アメリカやオーストラリア、日本では、折れ耳同士の交配を禁忌とし、「折れ耳×立ち耳」ならばと、いまだに繁殖が繰り返されているのが現状です。

 

 

ローレンツ博士のいう幼児図式の中に、「ぎこちない動き」というのがあります。これもかわいいと感じる要素の一つですが、スコティッシュ・フォールドの「ぎこちない動き」やいわゆる「スコ座り」が、骨軟骨異形成による疼痛に起因するとすれば、「かわいい」などと目を細めている場合ではありません。


 

猫の福祉向上に努める国際的なチャリティ団体「International Cat Care」(ICC)は、耳が折れたスコティッシュ・フォールドを繁殖に供することは、倫理的に容認できないという立場を明確にしています。

 

立ち耳同士の交配のみを許容し、変異遺伝子を排除してスコティッシュ・ショートヘア(立ち耳)を標準とすべきという意見もあります。

 

 

厄介なことに、すでに日本国内でスコティッシュ・フォールドとの交雑により、他の猫種でも骨軟骨異形成の発症が認められているのです。スコティッシュ・フォールドと他の猫種との交雑でも、TRPV4 変異が交雑猫に受け継がれて、折れ耳表現型と骨軟骨異形成を起こします。交雑第一世代では、TRPV4 変異はヘテロ接合になりますが、交雑種の中には骨瘤を発生する優性ホモ個体が存在します。これはスコティッシュ・フォールドと他の猫種の交雑だけでなく、交雑第一世代同士の交配が行われていることを意味しています。

 


この猫たちは2019年に保護された同腹の3兄弟です。上段:シングルフォールド(ゆるい1つの折り目)、下段左:ダブルフォールド(ぴったりした折り目)、下段右:立ち耳と、折れ耳の程度は異なりますが、スコティッシュ・フォールドの交雑種に違いありません。

 

今現在、どれくらいフィールドにTRPV4 変異が拡散しているかは不明ですが、所有者不明の折れ耳の子猫を見つけた時には積極的に保護し、確実に不妊・去勢手術を実施することが必要でしょう。そして骨軟骨異形成に対し、生涯にわたり注意を払ってあげてください。

 

実は上段のシングルフォールドの猫は、我が家の末っ子として暮らしています。3歳になった現在も骨瘤は形成されておらず、ヘテロ接合だと考えています。今後、骨軟骨異常がどの程度顕れるのかはわかりませんが、そんなことを吹き飛ばすくらいのやんちゃぶりです。

そのやんちゃを叱りながら、いつまでもこのやんちゃが続きますようにと願う今日この頃なのです^^


(ゆめ・3歳)

 

(文責 吉内)



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