「飼い主と迎え主」の話
Amazonは、環境省のパートナーシッププロジェクト「つなぐ絆、つなぐ命」の一環として、保護犬・保護猫を迎え入れた飼い主を表す新しい愛称を「迎え主」と命名しました。このプロジェクトは、環境省が進める人と動物が共生する社会の実現のため、犬猫の殺処分を減らし、引き取られた犬猫の譲渡を推進することを目的としています。様々な主体と環境省が協力し、’21年8月から動物愛護に関わる多くの人が参画しています。
こんな記事が目に留まりました。
「迎え主」という愛称と「つなぐ命、つなぐ絆」プロジェクトが気になったからかもしれません。
環境省の進める「人と動物が共生する社会の実現」は、私たち大阪市獣医師会の理念「人と動物のより良い共生社会の構築」とも重なり、志を一にするところです。
一方で「迎え主」という新語?については、従来の「里親」という所有権を持たない親を表す言葉よりも、保護犬・保護猫と家族になることをより身近に表すための名称として、2,577件の応募の中から選ばれた愛称とのことでした。
人の「里親」とは、親の病気、家出、離婚など、いろいろな事情により家族と一緒に暮らせない子どもたちを、自分の家庭に迎え入れて養育する人のことをいいます。里親制度は、児童福祉法に基づいて、里親となることを希望する方に子どもの養育をお願いする制度です。
そういった意味では、動物と暮らしておられるご家庭は、その動物が保護犬・保護猫の場合に限らず、ほとんどすべての動物たちが本来の親と暮らせてはいませんので、すべての飼い主の方が里親といえるのかもしれません。
けれども所有権という意味では(人の場合は親権になるのかもしれませんが)、たしかに保護犬・保護猫を迎え入れるということは、養育を引き受けるだけでなく飼い主となる訳ですから、里親とはいえないのかもしれません。
確かに自分が診察する際にも、「お母さん、○○ちゃんの食欲はどうですか」などと、飼い主の方をお母さんと呼んだりします。「動物をわが子のようにかわいがる」といった言い回しもあるくらい、飼い主の方の気持ちが本当の親と変わることはないと感じることも少なくありません。
このあたりの言葉の用い方は、自分が本コラムやいろいろな出版物に記事を書くときに、相当な注意を払って考慮する部分で、その選択はたいへんに悩ましい部分でもあります。
日本では今から50年ほど前に始まったのではと考えていますが、飼育されている動物も家族の一員であると いう認識が社会的に広まり始めました。その動物たちを蔑視するような言葉は避けるべきとの意識が高まり、人と動物の関係を言葉にする人たちの悩みが始まったのです。
例えば43年前に自分がインターンに入った病院の名前は、大阪府立大学付属家畜病院で、その当時は犬・猫も含め来院動物のことを患畜と呼んでいました。現在は大阪公立大学獣医学部付属獣医臨床センターと改称されましたが、来院動物を患畜とは呼ばず、かといって決まった呼称もないように思います。
患畜の畜の部分が畜生をイメージさせ蔑称もしくは低く見ている印象があるとのことで使用されなくはなったものの、それに代わる良い呼称もない状況が半世紀も続いているのです。
さらにはHAB(Human Animal Bond)=人と動物の絆という認識の広まりにつれて、「飼い主」という言葉すら使用すべきでないとの意見が挙がるようになりました。「動物は家族。共に暮らすことで、動物たちも幸せに、ご家族の皆さんもより幸せに。」といった文言が普通に受け入れられるようになると、「飼う」というのも動物を低く見ているのではないか、「うちの家では小学校に行っている娘を一人飼っています」などとは言わないのだから、「動物を飼う」のではなく「一緒に暮らす」、「犬の家族が一人いる」といった言い方にすべきとの指摘があるのです。
こちらの方は、様々な方面で「飼育」「飼い主」「最終飼養者」などの公的な文書が存在しますし、口語でも「犬を飼っています」はほとんどの方が抵抗なく使っているように思います。なかなか歴史的に長い間一般用語として使用されてきた言葉を禁句にすることは難しく、自分は文面によって「飼い主」を使用したり、反対に使用せずに「ご家族」「ご家族の皆さん」「お父さん(お母さん)」と言い換えたりしています。
犬との関わりの歴史が長い欧米では、「飼う」に相当する言葉がないように思います。
「犬一匹と猫二匹を飼っている」=「 I have one dog and two cats」
厳密にはkeepということばが飼うに相当するそうですが、ほとんど使用されず、広範な意味を持つhaveに取り込まれているようなのです。
で、「飼い主」=「pet owner(ペットオーナー)」 または仰々しく「Master(ご主人様)」となるそうで、「飼い主」と「ご主人さま」はそれなりに共通した概念に基づいているように思います。
「飼う」という言葉の由来が気になり見てみると、
① 動物に食べ物や水を与える。
② 食べ物や水などを与えて生命を養う。
万葉の時代から続く言葉のようです。
つまり、「飼い主」とは「動物を養育し所有する人」ということになるのでしょう。
そのうえで今回の「迎え主」を考えてみると、「迎え入れ所有する人」となり、それなりに意味の通った言葉なのかもしれません。「迎え主」として動物を受け入れ「飼い主」になっていただくということなのですね。
そこはそれ、動物を迎え入れ、動物にも幸せになってもらい、ご家族にもより幸福になってもらえるような、「つなぐ絆、つなぐ命」プロジェクトであってほしいと願っています。
(文責 吉内)
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