2004年3月1日
泌尿器
よく水を飲む猫の話(その2)
「猫は水をあまり飲まない。」という書き出しで、猫の慢性腎不全についてコラムを書いたのは、2001年6月だった。今読み返してみて、それなりに反省の多いコラムと思っている。獣医師の思考回路をわかっていただくためのコラムと銘打ってはいるものの、それなりに読んでくださる飼い主の皆さんにとって、毎日の動物たちとの暮らしの参考になる部分も無くてはいけない。先日、某通販誌の編集の仕事で「猫の腎不全」についてあらためてキャットオーナーのための文章を考える機会があった。いつものコラム口調ではうまく行かない文章も、こんな風に書けばわかっていただけるのではと、あえて、コラム調を崩して、載せさせていただこうと思う。「よく水を飲む猫の話」(愛猫教室の講義編)と言ったところだろうか。
「猫の慢性腎不全」
腎臓をはじめとする泌尿器系の役割はオシッコをつくり、老廃物など体内で不要になったものを体の外へ出すことです。この腎臓も、加齢とともに機能が徐々に衰えてきますが、特に猫は他の動物と比較して、タンパク質の要求量が高く、水分摂取量が極めて少ないため、とても濃いオシッコをする動物なのです。そのため、腎臓などの泌尿器系への負担が大きく、これらの臓器・器官の病気をひき起こしやすいという特徴をもっています。
腎不全ってどんな病気?
泌尿器系の様々な病気のうち、腎臓の機能を十分に果たせなくなった状態を腎不全と呼びます。腎臓は「ネフロン」と呼ばれる機能ユニットが数千個集まって構成された臓器ですが、このネフロンは、一度壊れてしまうと二度と元には戻りません。しかし、ネフロンの数には十分な余裕があるため、全ネフロンの75%を失うまでは、正常な腎機能を果たせるといわれています。このネフロンが通常より早い速度で崩壊してゆく病気が「慢性腎不全」です。したがって、「慢性腎不全」の猫も全ネフロンの75%が失われていく数年間は、ほとんど無症状で、血液検査上も何ら異常が現れることはありません。しかし、それ以上のネフロンが失われると、腎臓の機能に不足が生じ、排泄しなければならない老廃物が体内に残り始めます。この状況に至ってはじめて血液検査で、「BUN」や「クレアチニン」と呼ばれる尿素を含む化合物の数値が上がり始め、そして、嘔吐や体重減少など私たちにもわかる症状が出てくるのです。
多飲多尿はSOSのサイン!
ネフロンの崩壊が75%に近づいて来ると、水をたくさん飲み、たくさんのオシッコをするという「多飲多尿」という症状が現れます。この症状は、衰えた腎臓の機能を「水を余分に飲む」ことで補おうとする症状で、「BUN」や「クレアチニン」の上昇に先立って現れます。この症状のおかげで「BUN」や「クレアチニン」が正常に維持されるとも言えますが、反面、残存したネフロンに通常よりも大きな負荷がかかり、ネフロンの崩壊を早めているということも覚えておかねばなりません。
この時期にこそホームケアが必要
「多飲多尿」以外には何の症状もなく、見た目には健康なときと何一つ変わりがない。この時期は、ネフロンの崩壊が50%を超え、75%には至っていないという状況と考えることもできますが、そのまま「多飲多尿」を見過ごすか、適切な対応をするかで、大きく寿命に影響を与える時期ともいえます。つまり、「多飲多尿」によって残存したネフロンを馬車馬のごとくこき使い続けるか、ここまで減ってしまったネフロンの負担を軽くして温存してあげるかということなのです。
まず動物病院で検査を
「多飲多尿」のSOSサインが出たら、まず動物病院で検査を受け、血液や尿の状態を調べてもらうことが大切です。「BUN」や「クレアチニン」の上昇はないか?オシッコは薄くないか?最近では、腎臓の形や大きさ、内部構造に至るまで、エコー検査で正確に把握できるようになって来ました。症状に気づくのが早ければ、オシッコは少し薄いかもしれませんが、まだ「BUN」や「クレアチニン」に変化はないはずです。その時期に動物病院を訪れることができたあなたは、優等生の飼い主さんであるといえます。さっそく食事療法の相談を獣医さんとしてください。
この時期の食事療法は低タンパク食!
尿素の元はタンパク質です。タンパク質は骨格以外の体の大部分を構成するいわば体を作る材料と言えます。しかし、元来肉食のネコはそのタンパク質をエネルギー源としても利用しています。その結果、エネルギーとして利用した残りかすの尿素がたくさんできてしまうのです。雑食のイヌやヒトがエネルギー源として炭水化物をおもに利用し、タンパク質はおもに体を維持するために利用しているのと比べれば、その差は歴然です。炭水化物はエネルギー源としてはクリーンで、残りかすは二酸化炭素と水だけなのですから、ほとんど腎臓に負担をかけないと言っても過言ではありません。したがって、「多飲多尿」が現れはじめたのこの時期、必要なエネルギーを炭水化物と脂肪から供給することが大切です。もちろん体を作る材料のタンパク質は必要不可欠ですので、体にとって利用効率の高い良質なものを必要最低限与え、エネルギーとしてなるべく利用されないようにします。また、塩分などもネフロンの負担になりますので、減塩が必要ですし、多尿=水溶性ビタミンの喪失という意味では、ビタミンの強化が必要でしょう。食事全体としてのカロリーは高めであることが好ましいと言えます。それは、カロリーの低い食事では、エネルギー源として体内のタンパク質が利用されてしまい、結果として尿素がたくさんできてしまうからです。
このように配慮された食事を与えることで、腎臓の負担が大きく軽減され、ネフロンの崩壊するスピードが遅くなり、腎不全の進行がゆるやかになります。問題がないわけではありません。もともと肉食のネコに肉を制限した食べ物を与えようと言うのですから、多少のえり好みには、毅然とした態度が必要となります。多くの会社から腎臓病食が発売され、動物病院に用意されていますので、嗜好性のあったものを選びましょう。よく食べてくれるものでなければ長期間続けることは難しくなってしまいます。
定期的な腎臓のチェックを
低タンパク食で腎臓の負担を軽減し、腎不全の進行がゆるやかになるとはいえ、やはり徐々に進行してゆきます。そして、「BUN」や「クレアチニン」が上昇をはじめます。けれども、もともと肉食で飲水量の少ないネコはその上昇に良く耐えます。正常値を少々上回った程度では、ほとんど食欲に影響はないのです。しかし、この時期を見落としてはいけません。
この時期には、低タンパク食だけでなく、尿毒症毒素を吸着して便と共に体外へ排泄する吸着剤が有効だからです。その開始時期を見逃さないためにも定期的な腎臓のチェックが不可欠となるのです。ただし、この吸着剤に関しては、神経質なネコでは食事に混ぜて与えると食事を摂ってくれなかったりすることもあり、投与方法には工夫が必要なことも多いでしょう。
「何か様子が変だわ・・・」と思ったときはすでに重症!
さらにネフロンの崩壊が進むと、低タンパク食や吸着剤では軽減しきれないくらいに体の中に老廃物がたまり、すっかり元気も無くなり、「食欲が落ちる」「嘔吐」「体重減少」「貧血」「毛艶が悪い」などの症状が現れます。いわゆる尿毒症という状態なのです。ここまでくると、重症の状態です。
体重減少が現れた時期からは、十分なエネルギーを食事によって摂取できなくなってきています。食事を十分に取れないために体内のタンパク質をエネルギー源として利用し、体重が落ちてきているともいえます。この時期に至るともはや低タンパク食はその意味を失います。科学的によく研究された猫の腎不全用低タンパク食のタンパク質含量は30%ですが、これは犬の発育期用フードのタンパク質含量に匹敵します。つまり、犬の高タンパク食レベルのタンパク質が、腎不全の猫には必要だということを示しているのです。したがって、体のタンパク質を維持するために、あえてタンパク質の制限をすべきでない場合も多いのです。
この時期には、輸液療法主体の治療となりますが、最終的にはどの治療にも反応しなくなります。
この慢性腎不全の発症は、6歳を境に急激に増加します。「多飲多尿」のサインに気づかず「今まで健康だとばかり思っていたわ。」とおっしゃる飼い主さんが多いことも事実なのです。6歳を過ぎれば定期的に健康診断を受け、血液や尿の状態を知ることはとても意味のあることなのです。「何か様子が変だわ・・・」と思ったときはすでに重症。こんなことにならないように、定期的な健康診断を受けることが大切です。
最後に
猫の「慢性腎不全」は、数年という年月をかけて徐々に腎臓の組織が破壊されていく(ネフロンが失われていく)進行性の病気です。猫はその状態にうまく適応してよく耐えてくれます。だからこそ、早い時期に発見し、ネフロンをなるべく温存していくようなホームケアが、大切なネコと共に暮らせる期間を大きく左右するともいえるのです。「気づいたときにはすでに重症」ということにならないように、「多飲多尿」というキーワードと定期健診を、決して忘れないようにしてください。
(文責:よしうち)
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