2004年5月1日
皮膚科
アトピーの話(その1)
国民年金の改定について、その本質に迫る議論を展開し将来の日本を真剣に考えようという世論の高まりが感じられるようになってきたかなと思うやいなや、追及の急先鋒に立つ側の政治家にも、それを受けて立つ側の政治家にも、不払いが発覚してもみ消しに躍起になっている。そういえば、国民年金のCMに出演していた女優さんも散々オンエアされた挙句に不払いが発覚したのだったっけ。これでは、まじめに納めてきた自分たちがお間抜けなピエロのように思えてきてしまう。いやそれどころではない。お間抜けなピエロに思えてきてしまうような風潮が日本を覆いつくし、議論すべき本質がどこかへ飛んで行ってしまうことのほうがさらに空恐ろしい。いやいや、自分たちはそこまでお間抜けではない。過去の政治家たちのご乱行ぶりにとうの昔に減感作され、過敏な反応なんて起こしようもないのだから。
医学的には、この過敏な反応をアレルギーといっている。そして、アレルギーの原因となっている抗原を繰り返し繰り返し投与し、アレルギーの状態から脱した状態を減感作されたといい、その投与による治療を減感作療法と呼んでいる。さしずめ、日本の政治家たちは減感作療法の名人とお見受けしたが、いかがなものか。
次のカルテはと手に取ると、マルチーズのバンバンくん1才。まぶたが赤く、眼をかゆがるとメモ書きがある。単純な結膜炎であればいいのだがと思いながら診察室に入ってもらった。
「どうも眼がかゆいみたいで・・・」とお母さん。
なるほど、まぶたが紅潮しすこし腫れぼったい。真っ白なマルちゃんの紅っぽいまぶたは見るからにかゆそうだ。しかし、目ヤニや汚れはない。以前から定期的に通っていただいている外耳処置もマラセチアが原因だった。四肢に眼をやると、肢端を良くなめているような形跡がある。ああ、これはと思いながら、
「アトピーという言葉をご存知ですよね。」と切り出した。
「アトピー性皮膚炎とかのあれですよね。聞いたことはもちろんありますが、何なのかうまく説明できません。」と、謙虚でまじめな答えが返ってきた。
じっくりと聞いていただけそうな興味津々の眼がくるくると動いている。ならばと、
「アレルギーとアトピーという言葉はごっちゃになって使われていますが、そこら辺からお話しましょう。」
そう言って、説明を始めたのだった。
アレルギーというのは、日本語にすれば過敏症ということになる。本来生体によって抗原として認識されるのは病原微生物だ。その微生物に対して抗体を作り、体に侵入してきたときにくっついて動きを封じやっつける。このシステムを免疫と呼んでいる。しかし、現実の生体内では病原微生物に限って抗体が作られるわけではない。それ以外の何ら体に害を及ぼさないものに対しても分子量が病原微生物に近いと抗体が作られることがあり、その侵入によって攻撃が始まり、炎症が起きる。この決して体に有益とはいいがたい免疫を特別にアレルギーと呼んでいる。つまり、体そのものの認識の問題なのだ。そして、このアレルギーを起こしやすいという遺伝的な素因をアトピーと呼ぶのだ。だから、アトピーというのはある意味で体質につけられた名称と考えても良い。このようないわゆるアトピーというものは、動物種によって表現が多様で、現れる症状には違いがあるのだが、本質的には何ら変わるものではない。
「どうですか?難しいですか?」と問うと、
「いいえ、おもしろいです。」と、眼が続きを促しているように思えた。
「アトピーの話を始めたのは、バンバンくんの症状をお見受けして、アトピーである可能性が高いと感じたからです。」
「日本におけるワンちゃんのアトピーの診断率はことのほか低いと言われています。最も大きな理由は、診断のための基準があいまいで、決して数値で表せるものではないからです。」
「意外や、ファジーな日本人にとって、こと病気の診断だけは確固たるデジタルなデータが必要と思い込んでいる節があります。これは、患者・医者双方に言えることです。」
「従って、病歴、現症、遺伝的条件などに基づいてアトピーと考えるのが最も妥当と話しても、医者は説得力がないと感じ、患者はえー加減と思ってしまいがちなのです。」
「血液検査や内分泌検査のデータがないと何もいえないと双方が思い込んでいるような気がします。その結果、医療費が高騰しますし、医療の本質が歪んできてしまいます。皮膚疾患で最も大切なのは、患者プロフィールと現症・病歴なのですから。」
「すいません。なんか愚痴になってしまって・・・」
「いえ。よく解ります。続きをお願いします。」
なんて聞き上手なお母さんなんだろうと思いながら、もうしゃべくりが止まらない。
犬のアトピー性皮膚炎は従来、吸入性のアレルギーが本質と考えられていた。いや、現在でも吸入性に抗原を取り込むという部分に何ら異論があるわけではない。しかし、症状の発現に関しては、接触性であることが確かめられている。つまり吸入によって抗体を作り、抗体の存在下で抗原と接触し、カユミを生じるというのだ。抗原は8割以上がハウスダストマイトといわれており、それを吸い込むことでハウスダストマイトに対する抗体を作ってしまう。すると、ハウスダストマイトが付着した部分にアレルギー性の皮膚炎を生じてしまうというのだ。したがって、ハウスダストマイトが付着しやすい部位、つまり接地している四肢端や、においを嗅いでまわることで眼の周りや口唇周辺に紅斑を生じ、カユミが強い。見た目には、皮膚炎らしいブツブツやカサブタはなく、少々紅いだけで、しかし強いカユミを伴う。継発的に皮脂分泌が強まり、結果として皮脂を栄養源としているマラセチアという酵母菌の仲間である常在真菌が増殖し、症状を悪化させる。
「バンバンくんの場合、四肢端、眼の周り、くちびるの紅斑と強いカユミがあります。それにマラセチア外耳炎があり、年齢も1才という若さです。皮膚の症状は紅味以外にはほとんど無く、強いカユミを伴っていて、初発年齢が他のアレルギー疾患とすれば若すぎます。アトピーは1歳半までに発症することが多く、普通のアレルギーは4歳以降に多く発生します。」
「かなり疑わしいというところですね。」
厳密には、アトピーの診断には「大項目」と「小項目」という判定基準があり、それぞれ該当する項目が規定数を超えれば確定診断ということになるのだが、それ自体曖昧な判定しか下せないことも多い。
「いずれにせよ、まぶたの治療は必要ですし、このままでは引っ掻いて眼球に傷をつけないとも限りません。お薬については後ほど説明させていただきます。」
「それと、シャンプーなど、日常の手入れの範囲からでも、アトピー仕様に切り替えていきませんか?」
そう説明しながら、続けてアトピーの治療論を展開しようとしている自分がこわくなってくる。あー、話し始めるともうどうにも止まらない。
(以下、来月のコラムに続く)
(文責:よしうち)
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