「慢性腸症」の話

「慢性腸症」の話

 下痢や嘔吐などの消化器症状は、私たち獣医師が最も多く遭遇する症状の一つです。その原因も多岐にわたり、細菌や寄生虫などの感染症、膵臓の外分泌不全、腫瘍、副腎や甲状腺の内分泌異常など、明確な原因を特定できるものから、食事の変更に反応する食物反応性腸症、メトロニダゾールやタイロシン、アモキシシリン、エンロフロキサシンなどの抗菌剤の投与に反応する抗菌薬反応性腸症と呼ばれるようなものもあります。消化器症状が3〜6週間以上継続するものを、慢性腸症と呼び、ステロイド剤やシクロスポリンなどに反応する免疫抑制剤反応性腸症やどの薬剤にも反応しない非反応性腸症が含まれます。

 一方、腸粘膜の病理組織検査によってリンパ球やプラズマ細胞などの炎症細胞の浸潤が認められる慢性腸症を炎症性腸症(IBD)と呼び、前述の免疫抑制剤反応性腸症や非反応性腸症の多くはこれに含まれるものと考えられます。ちょっとややこしい話ですね。

犬の炎症性腸疾患の代表的な組織像
出典:東京大学獣医病理学研究室 内田和幸先生(動物臨床医学21,(3)87-90, 2012)  

 さらに炎症性腸症の中には、ステロイド剤に対する反応が次第に薄れ、2〜3年の経過で死に至るような症例があります。病理組織検査で腸絨毛に小型リンパ球のみが多数浸潤している小細胞性リンパ腫と考えられるような症例です。もともと小細胞性リンパ腫だったのか、炎症性腸症が小細胞性リンパ腫に移行したのか、議論の分かれるところです。

犬の小細胞性リンパ腫の組織像(矢印は小型リンパ球のび漫性ないし巣状の細胞集簇 )
出典:東京大学獣医病理学研究室 内田和幸先生(動物臨床医学21,(3)87-90, 2012)

 話は変わりますが、最近グルテンフリーダイエットとかテニスのジョコビッチがグルテンフリーで体調が良くなったというようなことが話題になっています。グルテンとは小麦やライ麦に含まれるたんぱく質の1種で、麩の主成分ですね。グルテニンとグリアジンが水を吸収して網目状につながったもので、あの生麩のぷにぷにした食感のもとです。

 このグルテンに対する免疫反応が引き金になって起きる自己免疫疾患がセリアック病で、腹部膨満感と痛み、慢性の下痢などの慢性腸炎症状や鉄欠乏性貧血、骨粗鬆症、小脳失調症がみられます。HLA-DQ2またはHLA-DQ8が陽性の遺伝子を持つ人が発症し、欧米での罹患率は1%程度と報告されていますが、日本での頻度は不明です。一部の人の治療抵抗性セリアック病では、腸症関連T細胞リンパ腫に移行することが分かっています。このセリアック病がグルテンフリーダイエットの流行を生んだのですね。

セリアック病によって絨毛などに異常を来たした小腸の組織像
出典:Samir at English Wikipedia

 人ではセリアック病の診断に抗グリアジン抗体(AGA)と抗筋内膜抗体(EMA)が用いられています。公益財団法人 日本小動物医療センターで、犬の抗グリアジン抗体価の測定系を作成し、消化管型リンパ腫および慢性腸症の犬の抗対価を測定したところ、健常犬に比べ有意に高いことが明らかになったとのことで、犬の慢性腸症とセリアック病が類似しているとの仮説を立て研究中なのだそうです。

 最近注目を集めているグレインフリーのペットフード(参照:2017年7月のコラム「食は文化なり」の話)。当然グルテンもフリーのはずですから、慢性腸症の犬では、第一選択すべきフードなのかもしれません。

 (文責 よしうち)


大阪市の南大阪動物医療センター

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