「輸送反応」の話
先日、理化学研究所(理研)脳神経科学研究センター親和性社会行動研究チームの大村菜美研究員、黒田公美チームリーダーらの研究が、科学雑誌『Current Biology』オンライン版(2022年9月13日付:日本時間9月14日)に掲載され、プレスリリースが行われました。
その研究とは、赤ちゃんの泣きやみと寝かしつけの科学―寝た子を起こさずベッドに下ろすには?―というものです。
黒田公美チームリーダーらは2013年、親が赤ちゃんを運ぶとおとなしくなる現象を「輸送反応」と名付け、それを世界で初めて科学的に証明しました。しかし、運ぶ時間が約20秒間と短く、運ぶのをやめると赤ちゃんは再び泣き出すという課題がありました。
今回、研究グループは、赤ちゃんが泣いているとき、母親が抱っこして5分間連続で歩くと、泣きやむだけでなく、約半数の赤ちゃんが寝付くことを発見しました。また、親の腕の中で眠った赤ちゃんをベッドに置くとき、赤ちゃんが目覚めやすいのは親から体が離れるタイミングであり、ベッドに置いた後一部の赤ちゃんは起きてしまいますが、眠り始めから座って5〜8分間待ってからベッドに置くことで、赤ちゃんが起きにくくなることが分かりました。
「本研究成果は、赤ちゃんの泣きに困る養育者のストレスの軽減や、虐待防止につながると期待できます。」と結んでいます。
この輸送反応は哺乳類の赤ちゃんに生得的に備わっており、運ばれるときに赤ちゃんは、泣く時間が10分の1、手足の運動量が5分の1に減り、心拍数は母親が歩き始めて3秒ほどで下がり、リラックスします。四足歩行動物ではコンパクトな姿勢になることも多く、親が子を運ぶときに安全にスムースに運べるよう、親に協力する反応だと考えられています。
人では輸送反応のスイッチは運びながら抱っこしている母親との密着の仕方にあるようですが、猫など四足歩行動物では抱っこはできませんから、この写真のように首の後ろにスイッチがあることが実験によって確かめられています。
参照:exblog.jp
動物写真家・平岩道夫さん撮影
生まれたての子猫は、自分で歩くことができませんから、場所を移動する時は、母猫が口にくわえて運びます。その時、子猫の首の後ろをくわえて運ぶのが一般的です。子猫は母猫に首根っこをくわえられると、反射的に落ちないようにカラダを丸めて、声を上げることなく、じっと大人しくしています。この時、くわえられた子猫は、とてもリラックスしています。猫の首の後ろにクリップを取りつける実験では、猫の心拍数が下がり受け身の状態に入ることがわかっていて、このことをPIBI(Pinch-Induced Behavioral Inhibition)「つまみ誘発性行動抑制」と呼んでいます。
(Pinch-induced behavioral inhibition in domestic cats Article in Journal of Feline Medicine & Surgery · March 2008)
それなら、嫌がる猫をハンドリングするときに応用できるのではと考えてしまいますし、実際、乱暴に猫を扱う人が猫の首の後ろをわしづかみにするようなことをしていた時代もありました。
PIBIは子猫の時だけのものなのか、成猫になっても変わらないのか、それを調べた論文があります。
142頭中、95頭(66.9%)がPIBI有効
効果は年齢とともに減少
・6か月齢以下 100.0%
・6か月齢―2歳 74.1%
・2歳―6歳 69.8%
・6歳―10歳 53.1%
・10歳―14歳 53.8%
メス猫よりもオス猫のほうが顕著に有効性低下
不妊去勢手術はオスメスのそれぞれの有効性に影響しない
(The effi cacy of pinch-induced behavioral inhibition in domestic cats declines with age Journal of Veterinary Behavior Volume 49,March 2022, Pages 15-19)
交尾の時に雌猫がじっとしているのはそういうことなのかと、この論文の結果をみて独り言ちてしまいました。
(2020年08月07日 ≪瞬・瞬の風 84 ≫ネコの交尾を見た!?)
動物行動学者の Stephanie Borns-Weilは
『成猫では、scruffing(首の後ろをわしづかみにすること)は、リラクゼーションよりもむしろ恐怖とストレスを引き起こします。臨床的に、首をつかまえられた猫の「リラクゼーション」としてよく見られるのは、実際には行動のシャットダウン、または動物が非常に高いレベルの恐怖とストレスを経験したときに起こる学習された無力感です。』
と述べています。
猫にPIBIがあるからといって、むやみに首をつかもうというのは乱暴な考えのようです。人でも猫でも、母の我が子に対する愛情あってこその輸送反応ということなのかもしれません。
(文責 吉内)
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