消化器

太った猫の話

太った猫の話

猫はかわいい。自分も獣医師ではあるが、3匹の猫オーナーでもある。ぽっぽ、ほたる、チェリーという名がついている。やせた猫よりも、ころころとした猫の方がやっぱりかわいい。きっと猫オーナーに共通の思いなのだろう。

  次の診察のカルテを手に取ると、いつものしし丸君。オーナーはとても気さくで感じがよい。けれど、心配性なのが珠にきず。なにより、しし丸君の体重が大問題で、猫で8kgは、これはとても誉められたものではない。丸まっていると黒いバスケットボールが転がっているようなものだ。きっと、きょうも診察室に入るなり「吐いてしまったんですう」の言葉が飛んでくるに違いない。毎週病院に来ているといってもよいくらいの常連さんで、たいていが消化器症状。先週も心配なのでということで、血液検査をしたばかり。結果は何の異常も見つからず、食べ過ぎでしょうから食事の与え方には気をつけてという話をしたところなのだ。彼には、らん丸君とちび丸君という同居猫がいて、しし丸君は、低カロリーのダイエット食を食べているはずなのだが、体重は増えつづけている。どうも仲間の食事も失敬しているらしいのだ。あとの二匹はちょうどよい体重で、しし丸君に上前をはねられていて返って都合がよいのかもしれない。別々に食事を与えることを勧めても、オーナーには受け入れ難いらしい。同じ3匹の猫オーナーとして、それもよく分かる。こんな状況は獣医師にとって精神衛生上きわめてよろしくない。

  過食・慢性嘔吐・極度の肥満の次に控えているのは、膵炎・肝リピドーシスそして糖尿病などの疾患群なのだ。現時点での慢性嘔吐にしても決して免疫がらみの炎症性腸症(IBD)の可能性が無いわけではない。がしかし、体重減少がみられず、診断のための消化管バイオプシーを実施するに至っていないというに過ぎないのだ。もし、しし丸君の今回の嘔吐がいつもより激しかったりすると、消化酵素の膵臓への逆流を起こしてしまう可能性もある。そうなれば急性膵炎を招いて即刻命にかかわる重篤な状況となってしまうだろう。よしんば膵炎を引き起こさずとも、この体型で3日も食欲が途絶えれば、肝臓のリピド―シスがおきても不思議は無い。彼の肝細胞には既に脂肪滴が満ち満ちていて、規則正しく脂肪を新陳代謝することが肝臓のサイクルとなっている。ひとたび食欲が無くなり、新たな脂肪を処理しなくてもよくなった瞬間、肝細胞内の脂肪はそこに居座り始め、3日も経過すれば肝臓はその居座った脂肪滴を処理できなくなってしまう。急激な肝不全が訪れる、これがいわゆる猫の肝リピド―シスなのだ。一般的に猫は3―14日間食事を採れないと、肝リピド―シスに陥る可能性があるといわれている。食べ過ぎて嘔吐してしまい、3日間食欲が無くなったという理由だけで、命にかかわる肝リピド―シスを起こしてしまうのが太った猫なのだ。うちの猫ちゃんが亡くなった理由は何ですかと聞かれ、「食べすぎです」と答えなければならないというのは、冗談にもならない。

  胃が痛いような気持ちを抑えて診察室に入ると、案の定「また吐いちゃったんですう」のオーナーの声。「何度くらい吐きました?」「そのあと食べていますか?」と聞くと、オーナーはニコニコしながら、「一度だけ吐いたんですけど、吐いたものを取ろうとしたら、あっという間にそれを食べちゃって、ケロッとしてるんです。困ったものです。」とのこと。今回もリピド―シスの心配はなさそうだとほっとしながら、どう言って食事指導してあげればよいかと毎度ながら頭が痛い。膵炎やリピド―シスの話は済ませてはいるが、詳しく話せば話すほど、「食べないとリピド―シスになるんですね!」と、食べさせなければという気持ちが強くなっていくオーナーに、いったいしし丸君はどこまで肥満の道を突き進むのかと、きょうも最後には頭を抱えてしまいそうだ。

(文責:よしうち)



大阪市の南大阪動物医療センター

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大阪府大阪市平野区長吉長原3-5-7
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