泌尿器

「ネコの腎性貧血はニワトリに治してもらう」の話

「ネコの腎性貧血はニワトリに治してもらう」の話

インカ帝国はかつてアンデス山脈中に栄えた国家。1200年頃に成立し、高度な農耕、金属器文化を有して15世紀に最盛期を迎えましたが、1533年にスペインのピサロによって滅ぼされました。この時に、インカの人々を苦しめたのが、スペイン人が持ち込んだ天然痘だったといわれており、その反対にスペイン軍を苦しめたのが首都クスコの位置する3,000m級の標高による失神や呼吸困難で、これが世界で初めて記録された「高山病」だったとされています。

19世紀になると、高地に住む人は多血症であることが分かり、酸素濃度の低い環境が多血症を引き起こすことが証明されました。

20世紀後半になって、多血症を誘導する体内因子が発見され「エリスロポエチン」と名付けられたのです。そしてこれが腎臓で作られていること、さらに腎臓の間質に存在するエリスロポエチン産生細胞によって産生され、骨髄の赤芽球系前躯細胞に働き、その増殖や分化を促し、造血を促進していることなどが次々と解明され、現在もその複雑な作用について研究が続けられている最中です。

人では、このエリスロポエチンを遺伝子組み換え技術を応用して製剤化することに成功し、「ミルセラ」や「ネスプ」といった商品名で、腎性貧血や骨髄異形成症候群による貧血の治療に使用されています。

腎臓病の中でも特に慢性腎臓病では、腎臓の線維化が進み、エリスロポエチンの産生が落ち込むことで貧血が起きることが問題となります(腎性貧血)。人の医療でもエリスロポエチン製剤が開発されるまでは、その対応に難渋していましたが、現在では慢性腎臓病患者の多くがこのエリスロポエチン製剤の恩恵を受けています。

一方、私たち動物医療の世界では、「高齢猫といえば慢性腎臓病」といっても良いほど、腎臓病は猫が罹患しやすい病気です。さらに、人の赤血球の寿命が約120日なのに対して、猫の赤血球の寿命は74-82日程度と短く、慢性腎臓病の猫で、腎性貧血が問題にならないはずはありません。

その腎性貧血の猫に対して、私たち獣医師が現在行っている治療は、人のエリスロポエチン製剤「ネスプ」の投与なのです。ISFM(国際猫医学会)の推奨するガイドラインに沿って、ヘマトクリット値が20%を下回った腎性貧血の猫で、貧血の改善がQOLの向上につながると判断された場合に、獣医師の裁量権の範囲で週に1回の皮下投与を開始します。効果という点では、50%以上の猫で貧血の改善がみられますが、必ずしもすべての猫で改善が認められるわけではありませんし、その改善がいつまでも期待できるわけでもないというのが、実際のところなのです。

その理由として、ひとつには腎性貧血と考えられる貧血の中には、慢性炎症による貧血など腎性貧血と鑑別が困難な貧血が含まれていること、そして、人の製剤を猫に使用することで、ヒトエリスロポエチンに対して猫が抗体を作ってしまうことなどが挙げられます。同じエリスロポエチンでも、動物種によって微妙な分子構造の違いがあり、最終的に猫は人のエリスロポエチンを異種蛋白であると判断し、抗体を作ってやっつけてしまう時が来るのです。そこで期待されていたのが、ネコエリスロポエチン製剤というわけなのです。

コエンザイムQ10で有名なカネカは、元名古屋大学 飯島信司 教授らの遺伝子組み換えニワトリ作製技術を用いてネコエリスロポエチン製剤の製造プロセスを確立しました。新技術では、ネコエリスロポエチン発現遺伝子を組み込んだウイルスベクターをマイクロインジェクションにより有精卵のニワトリ胚へ注入することで遺伝子組み換えニワトリを作製し、卵白中にネコエリスロポエチンを生産させます。それを精製し、PEG化修飾という方法で、本来のエリスロポエチンより効果時間の長い製剤にすることが可能になったとのことです。

これを読んで「なんのこっちゃ」と思われた方もおられるかもしれません。多少の語弊を覚悟で説明を続けると、猫のエリスロポエチンを作る遺伝子を、輸卵管を標的にする「ベクター=運び屋」に持たせて、細胞分裂の進んだ受精卵に打ち込むと、卵白にネコエリスロポエチンの入った卵を産む鶏が生まれるというのです。すごい技術ですね!

このニワトリは通常の採卵鶏と同じ期間、ネコエリスロポエチンの入った卵を産み続けるのだそうです。

(科学技術振興機構報 第 1493 号より転載)

先日、ゼノアックよりエポベットの商品名でネコエリスロポエチン製剤が当センターに納品されました。

効果率80%、抗体産生なしを謳い文句に発売されたエポベット。

問題がないわけではありません。まず費用の問題。

そして、ヒトエリスロポエチン製剤を使用してすでに抗体ができてしまっている猫では、交差性があるため、ネコエリスロポエチンもその抗体によって不活化されるということなのです。

単純には、今後はネコエリスロポエチンしか使わないようにすれば、抗体産生の問題はなくなり、使用数が増えればコストも下がる、ということなのですが、ネコエリスロポエチンはヒトエリスロポエチンの3倍くらいの費用になりそうです。

さまざまな技術革新によって素晴らしい創薬がなされていますが、ネックは費用ということになってくるのでしょう。アルツハイマー病治療薬のレカネマブが米国では1人1年当たり約400万円の費用がかかるというニュースが流れました。

次なる技術革新は「創薬の低コスト化」であってほしいと願うのは、自分だけではないに違いありません。

                                       (文責 吉内)


大阪市の南大阪動物医療センター

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大阪府大阪市平野区長吉長原3-5-7
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