「ワクチンの進化は止まらない」の話
1796年にジェンナーが牛痘に罹患した女性の膿疱から得た液体を少年に接種したことから始まったワクチンの歴史。人々に種痘が受け入れられるのには長い年月を要し、WHO(世界保健機構)が天然痘の根絶を宣言したのは1980年のことでした。
以来、ワクチンは人々や動物たちを感染症から守る切り札として、その安全性と有効性を進化させてきたのです。
そもそもワクチンとは、病原体そのものやその一部を加工し、またはそれに代わるものを作成し、接種することでその病原体に対する免疫を成立させるもののことで、コロナウイルスワクチンでm-RNAワクチンが一躍脚光を浴び、そこまで進化しているのかと驚かれた方も多かったことと思います。
厚生労働省のHPでは、ワクチンの種類として以下のような解説が掲載されています。
• 生ワクチン
病原性を弱めた病原体からできています。接種すると、その病気に自然にかかった場合とほぼ同じ免疫力がつくことが期待できます。
• 不活化ワクチン、組換えタンパクワクチン
感染力をなくした病原体や、病原体を構成するタンパク質からできています。1回接種しただけでは必要な免疫を獲得・維持できないため、一般に複数回の接種が必要です。
• mRNA(メッセンジャーRNA)ワクチン、DNAワクチン、ウイルスベクターワクチン
これらのワクチンでは、ウイルスを構成するタンパク質の遺伝情報を投与します。その遺伝情報をもとに、体内でウイルスのタンパク質を作り、そのタンパク質に対する抗体が作られることで免疫を獲得します。
生ワクチンや不活化ワクチンのように病原体を弱毒化もしくは不活化させて作るワクチンはその開発に時間も手間もかかり、製剤としての品質を一定に維持するのも大変です。
一方、病原体の遺伝情報を利用するワクチンでは、高度な技術や機器を必要としますが、開発期間が短縮でき、量産にも対応できるというメリットがあります。
動物のワクチンでも、その進化には目を見張るものがあります。その最たるものが、ベーリンガーインゲルハイム社の猫白血病ウイルス(FeLV)ワクチンです。
FeLVワクチンとしては、これまでも組換えタンパクワクチンや不活化ワクチンが登場していましたが、これらにはアジュバントといって、抗原刺激を増強する添加剤が必要でした。ところが猫にとってアジュバントは副反応の元凶だったのです。結果として、5種混合ワクチンはあまり普及して来なかったのですが、そこで登場したのが、ベーリンガーインゲルハイム社のピュアバックス5だったのです。
人の天然痘に牛痘を用いた種痘というのが冒頭のジェンナーの話ですが、意味合いは異なりますが、猫のFeLVにカナリア痘ウイルスを用いたベクターワクチンというお話です。
カナリアにはカナリア痘がありそのワクチンがありました。そのカナリア痘ウイルスを猫に接種しても増殖しないことが分かっていました。しかもカナリア痘ウイルスは分子量の大きなDNAウイルスで、FeLVの防御抗原をコードする遺伝子を挿入しやすいウイルスでした。そこで、カナリア痘ウイルスにFeLVの遺伝子を組み込んで猫に接種しようということなのです。すなわちカナリア痘ウイルスをFeLVのベクターとして利用したワクチンということですね。
接種後に宿主細胞に発現するFeLVの抗原蛋白は不活化処理を受けていないため自然感染を模倣する形で細胞性免疫と液性免疫の両方を誘導し、アジュバントなしでも十分な感染防御能を発揮するということなのです。
このワクチンの登場以来、当センターでも5種ワクチンの接種を安心して実施できるようになりました。
しかもこの5種ワクチン、もうすぐワクチンの液量が半分になってリニューアルします。効果に影響はなく、かつ局所の反応が少なくなるというメリットがあるとのことで、現場で接種している獣医師にとっても、猫たちにとっても、嬉しいニュースとなりました。
ところで、人のコロナ感染症ワクチンの話は、メディアでもほとんど聞かなくなってしまいましたが、開発中だった各社のワクチンは今現在どうなっているのでしょう。コロナが2類相当から5類へ移行し、来冬はインフルエンザのような任意のワクチン接種になりそうです。そのころには日本のIDファーマからベクターワクチンが出ているはずです。安全性と有効性をどのレベルで実現しているのか、日本のテクノロジーが問われているのかもしれません。
(文責 吉内)
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