2009年07月01日 感染症

「続・新型ウイルス」の話

「続・新型ウイルス」の話

 近畿圏で唯一の獣医系大学である大阪府立大学獣医学科が、本年の4月に中百舌鳥キャンパスから新設のりんくうキャンパスに移転した。りんくうエリアに遊休地を持つ大阪府の事情がものを言ったのかどうか、目と鼻の先の関西国際空港の検疫所や来年度に隣接地に移転が決まっている家畜保険所など、人と動物の共通感染症関連施設が近接したエリアに集結する。
 BSL2/3施設を擁する最新の研究施設、放射線装置「リニアアクセラレーター」やCT、MRIなどの高度医療設備を備えた臨床センター、次代の獣医師、研究者を育成する獣医学科獣医学専攻。この経済情勢下でよくぞここまでという立派な施設が完成したのだ。

 先日、そのりんくうキャンパス新学舎の開設記念式典が執り行なわれた。副知事、府議、近隣市の市長、日本獣医師会長のお歴々が参集の中、北海道大学教授で同大人獣共通感染症リサーチセンター長の喜田宏先生が記念講演をされたのだが、その講演の明快さや自説に対する揺らぐことの無い確信は、その内容がインフルエンザであったにもかかわらず、深い感銘を受けたといっても過言ではなかった。先々月に新型ウイルスの話を本コラムで書いたばかりなのだが、そのアップデートの意味も含めてもう一度インフルエンザの話を取り上げたい。

 まず、喜田先生が指摘されたのは用語の濫用のことだった。鳥インフルエンザも豚インフルエンザも新型インフルエンザも人の病名としては適切ではない。すべて人に感染性を持つインフルエンザウイルスによる感染症であるなら「インフルエンザ」が唯一無二の病名であるべきなのだ。
 そのインフルエンザウイルスの構造は、8分節の遺伝子に10または11のタンパク質をコードし、ウイルス粒子の表面にヘマグルチニン(HA)とノイラミニダーゼ(NA)を持っている。それぞれH1-H16とN1-N9の亜型に分類され、これがH5N1などのウイルス亜型の表現に用いられているのだ。論理的にも現実的にも144の亜型が存在することになる。
 さて、このインフルエンザウイルスはどこからやってくるのか? インフルエンザウイルスの故郷の話だ。グローバルサーベイランスの結果、北米大陸とユーラシア大陸の北極圏より少し南に位置する湖沼なのだという。そこに生息する水禽、特にカモからはすべての亜型のインフルエンザウイルスが見つかっており、ヒトや家畜、家禽のインフルエンザウイルスもすべてこのカモのインフルエンザウイルスに由来する事が分かっている。インフルエンザウイルスはカモの体内では消化管の腸陰窩で増殖し、特に病原性を発揮しない。感染は水中に排泄される糞便から総排泄口を通じて成立し、湖沼はウイルスまみれになる。冬が近づく頃にカモは渡りを開始し、南へと飛び立ち、湖沼は氷で閉ざされウイルスの凍結保管庫の役割を果たす。
 カモが渡って来た南の湖沼はインフルエンザウイルスで汚染され始め、その水を飲み水として飲用するブタに感染を引き起こす。また捕獲されたカモや家禽をひとところに集めて売買する食材商の店先でカモから家禽へと感染が成立する。
  ここでキーポイントとなるのがブタの存在だ。ブタは豚インフルエンザウイルスだけでなく、鳥インフルエンザウイルスにも人インフルエンザウイルスにも感染を許容する。鳥インフルエンザウイルスや人インフルエンザウイルスはそれぞれトリ同士、ヒト同士にしか感染力を持たない。このブタの体内で起きている事がすべての鍵を握ることになる。人インフルエンザと鳥インフルエンザの両方に同時感染したブタの細胞内では、異なる亜型のRNAの逆転写が同時平行して行なわれることになり、8分節の遺伝子がガチャポン状態で入れ替わるという現象が起きる。結果としてヒトに感染力を持つ新亜型人インフルエンザウイルスが低い確率ながらも誕生することになるのだ。それがブタからヒトへと感染し、そして、ヒトからヒトへと引き継がれるうちにヒトの抗体にさらされ、抗体の攻撃をかわせるような抗原変異を起こしたウイルスだけが生き残り、パンデミックな状況を引き起こすのだという。
  H5N1高病原性鳥インフルエンザウイルスの感染による家禽などの死亡数は4億羽を超え、5年間で420余名のヒトが感染しその6割が死亡している。歴史的には、幾度となく家禽の間に発生しては、宿主を死に至らしめ、ウイルスは消失するということを繰り返してきた高病原性鳥インフルエンザウイルス。中国、ベトナム、インドネシア、エジプトの4カ国が摘発淘汰を怠って家禽へのワクチン接種を行なっている結果、H5N1ウイルスの感染が12年間も持続拡大し、抗原変異まで起こし、さらにこれら4カ国がそのままヒトのH5N1ウイルス感染者数のトップ4であることは、摘発淘汰こそが被害を最小限に食い止めヒトの健康を守る最良の方策であることを物語っている。
  このニワトリでは高病原性のN5H1鳥インフルエンザウイルスだが、カモでは病原性がなく、家禽へのワクチン接種によって感染が延々と持続すれば、カモを介して北極圏近くの湖沼が濃厚に汚染され、結果としてカモが毎年大量の高病原性鳥インフルエンザウイルスを南の地方へ運ぶという時が来るかもしれない。そうなれば全世界レベルの壊滅的な家禽の被害、ヒトへの感染、そしてヒト―ヒト間の伝播。悪夢のようなそれこそ本当のパンデミックな状況を覚悟しなければならなくなる。
  本年4月のメキシコでのブタ由来H1N1インフルエンザの世界的感染拡大に対し、それを新型インフルエンザとして流行防止を図ろうとすることが適切な対策かどうかは結論が出ていない。むしろ、日本だけで年間数千名を死亡させ、数百名の小児に脳症を起こしている季節性インフルエンザの克服こそ、新型ウイルス対策の基盤となるに違いない。と、最後に強調されたのだった。
 WHOの言っていることよりよほど説得力も先見性もあるように感じたのだった。何よりすべての論理が実証的で、時間と労力を惜しみなくつぎ込んだそれこそ汗と涙の結晶に裏打ちされた論拠に基づいている。科学はこうでなくっちゃ、と叫びたくなったと同時に、喜田先生を「それでも地球は動いている」と言ったコペルニクスにしてはいけないとも感じた。刹那的な大量のワクチン製造とそれに絡む巨額な利権は、進むべき感染症対策の方向を見誤らせてはいないのだろうか。真に科学者であり続ける喜田先生の今後の活動に大いなるエールを送ろうと思う。

(文責:よしうち)

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