2009年09月01日 呼吸器

ハナベチャの話

ハナベチャの話

 美人、不美人、ベッピンさん、オヘチャ、ブス、イケメン、醜男(ブオトコ)などなど。容姿や顔かたちを表現する言葉には事欠かない。人間的な顔かたちの尺度を当てはめればどう贔屓目に見てもブス・ブオトコの類に入れざるを得ないワンちゃんたちの集団がある。ペキニーズ、シーズー、パグ、ブルドッグ、フレンチ・ブルなど、短頭種もしくは短吻種と呼ばれる犬たちなのだが、その顔かたちが一般的には愛嬌あふれるかわいらしさと目に映り、根強い人気があるものとこの間まで思っていた。けれども、多少マニアックな範疇に入るのかもしれないが、ものすごいイケメンに見えている人たちが意外に多いのだ。これは一人ひとりの感性や価値観に基づくのだから、他人からとやかく言われる所以はない。「鼻が顔にめり込むほどの超イケメンブルちゃん素敵―ッ!」という具合なのだ。

 そのハナベチャブル君がイケメンなのは百歩譲って了解するとしても、さまざまな程度の上気道の問題が存在することは知っておかなければならない。次のカルテはと手に取ると、フレンチ・ブルのリキ君5歳。呼吸が苦しそうとメモ書きがある。すぐに診察室の冷房を最強にするよう看護婦さんにお願いし、リキ君に部屋へ入ってもらった。
  ガーガーピーピーと激しいノイズを撒き散らしながら落ち着きのないリキ君が診察台の下を通り過ぎて自分の足元まで突入してきた。まぶたもくちびるも舌も鮮やかなピンク色で、口を開け苦しそうに呼吸をしながら口元にはよだれが光り、そのままドタッと床にへたり込んでしまった。冷たい床にお腹をくっつけ気持ちが良いのだろう。
  「こんな感じで。。。」と言いかけるお母さんを制して、看護婦さんに冷房の効いた処置犬舎へ連れて行ってもらい、リキ君にケージに入ってもらってそのリキ君めがけて移動用のクーラーをこれまた全開でONにした。
 静けさの戻った診察室でようやくゆっくりとお母さんの話を聞くことができた。気温の下がる夜間は冷房を入れて安静にしていると呼吸も楽ですやすや眠るんですとのこと。

 「それが昼間に何かで興奮し始めるとなかなかガーガーが収まらなくて。」とお母さん。

 「リキ君がイケメンすぎて、空気の通り道が狭くパンティングをしてもなかなか体温が下がらないのでしょう。性格的にも興奮しやすいのでしょうね。ここまで来ると上気道の閉塞といっても良いくらいですね。」

 「そうなんです。惚れ惚れするくらいのイケメンちゃんなのに、そのせいでのどが狭いと何度も言われています。どうにかしてやることはできないんでしょうか?」とイケメンリキ君のことで心を砕いておられるのがひしひしと伝わってくる。

 「上気道以外に問題がなければ、鼻の穴を大きくして、のどを狭くしている軟口蓋や外反した喉頭小嚢を切り取ることで、空気の通り道を広げることができます。」

 「以前は術後の浮腫などでたいへんなリスクを背負う手術だったのですが、CO2レーザーメスの導入で術後の浮腫や出血のない安全な手術を実施することができるようになりました。」

 「そんなことができるのですね。」と、お母さんの顔に明るさが戻る。

 ぜひリキにその手術をしてやってくださいとおっしゃるお母さんに、短頭種症候群の話を詳しく解説し、上気道以外の問題を除外した上で血液検査などで麻酔に問題がなければ予約を入れましょうとお話したのだった。

 どのような解説だったのか、参考までにTextbook of Respiratory Diseases in Dogs and Cats(SAUNDERS社, 2004年)のDavid E. Holt先生が執筆しておられる部分を要約転載しておく。

 軽度から非常に重度な上気道閉塞は小動物診療でしばしばみられる。いびき様喘鳴は、鼻呼吸中の鼻道、後鼻孔あるいは鼻咽頭の部分閉塞と関係していると思われ、ストライダーは、吸気で通常聞かれる荒く高音調の呼吸音である。(これらがあのガーガーピーピーの正体ということなのだ。)
  短頭種気道症候群に関連する上気道閉塞の病態生理は以下のように考えられている。短頭種の犬には、外鼻孔狭窄、軟口蓋過長、およびしばしば気管低形成により多大な気流抵抗が生じる。さらに、ブルドッグには、上気道を狭くする過度の咽頭軟部組織がみられる。活動時にブルドッグは、呼吸ごとに咽頭を拡大するために胸骨舌骨筋を活動亢進させている。これらの筋の活動は、非短頭種の同じ筋でみられるものより大きい。REM睡眠時の無呼吸は咽頭拡張筋の活動が低下することに関係している。
  筋の線維化の経年的進行はブルドッグが吸気時に気道を拡大しにくくなることを意味する。部分的な上気道閉塞が長期化すると、気流抵抗を克服するために気道内陰圧が上昇し、外側喉頭室を裏打ちする粘膜が引き出され、外側喉頭室の粘膜の外反(喉頭小嚢外反)が生じることがある。この突出した粘膜によって生じる乱気流は浮腫と腫脹を引き起こし、声門の50%以上を閉塞することもある。さらに長期化すると、短頭種の喉頭軟骨は脆弱化し、喉頭は次第に虚脱していく。

 難解な要約で申し訳なかったのだが、この文章を平易にするとあまりにも語弊が多くご容赦いただきたい。要は、不完全な気道閉塞をそのまま放置し長期間を経過すると、どうにもならなくなってしまうということはご理解いただきたい。

 「あとひとつ問題があるのですよ」とお母さんに話しかけた。

 「軟口蓋の切除や外反した喉頭小嚢の切除は外からは何も見えないのですが、イケメンリキ君のほとんど閉じてしまいそうな鼻の穴を広げるのは、イケメンでなくなってしまう可能性があって、そこのところの美容的なことを了解いただきたいのです。」

 「いくらイケメンでも呼吸が苦しくては何にもなりませんもの、しっかり広げてやってください。」ときっぱりお母さん。

 そして数日後に手術を実施し、めでたく空気をらくらく吸い込めるようになったイケメンリキ君のイケメンの真ん中に立派な鼻の穴が存在を主張していたのだった。


リキ君

 「リキ君、前よりもっとイケメンになったよ。」

 お母さんの愛情を一身に背負ったリキ君に、そう話しかけずにはいられなかった。

(文責:よしうち)


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