2010年01月01日 人と動物の関係学

「動物に言葉はあるのか」の話

「動物に言葉はあるのか」の話

 明けましておめでとうございます。本年も本コラムをよろしくお願い申し上げます。

 新たな年を迎えたとはいえ、この経済情勢、おめでたいとばかりは言ってもいられないのは重々承知なのだが、年明けくらいは楽しい話に興じるのも良いだろう。
 その「話」の話。仕事柄、動物と話ができればどんなにあり難いだろうかと思わない日はない。もちろん、動物と共に日々暮らしておられる方々も同様に違いない。中には自信満々に、「うちの子は人の言葉が解るんです。」と豪語してやまない方もおられる。それも良し。けれども、最近興味深く読んだ本「進化しすぎた脳」池谷裕二著には最新の大脳生理学がわかりやすく書かれていた。人の脳が何をしているかが分かると、動物の脳が何をできていないかということが理解でき、日頃の診療の中の1コマ1コマの動物たちの行動が目からウロコのように納得できたのは感動ものだった。

 ここで、「進化しすぎた脳」を解説したり、都合の良い部分だけを引用するつもりはない。著者への尊敬の念をこめて、多少のコメントと獣医師として動物たちの理解のために役立つだろうと感じた部分を、極力語弊なくご紹介できればという思いがあるだけなのだが、はてさて、内容は基本的には超難解。このコラムを読んでくださる皆さんにうまく伝わればと願うのみというところだ。(興味のある方は講談社刊のこの本を実際に読まれることをお勧めする。) 
 さてその内容なのだが、意識や感情とはいったい何? 脳におけるいかなる活動なのか?ということに迫っている。高校生への講義という形で、高校生のストレートな質問に池谷氏がこれでもかとトコトン答えている。このサポーティヴな姿勢も、獣医師として飼主の方々に様々なことを説明するお手本のように明快だ。

 書中、意識というものの本質に迫る部分。「意識とは判断できること。つまり表現を選択できること。」という条件の一つ目が示される。カエルの目の前を虫が飛んでいる。カエルはそれをパクッと食べようとする。それがカエル釣りの綿球であっても行動は変わらない。こんな風に行動を変える事ができないということは、行動の表現を選択できていないつまり意識ではないということ。二つ目の条件は「短期記憶=working memoryが働いていること。」意識の顕著な現われともいえる言葉には同じことを伝えるのにも色々な表現を選択できる。その理解にも表現にも一時的に言葉を記憶しておく事が必要になると言うこと。そして三つ目の条件に「可塑性」が挙げられている。様々な判断すなわち行動の表現に過去の記憶が影響し変化していく。つまり過去の経験を判断の基準に作り上げていく事ができるということ。これら三つの条件を基に考察が進んでいく。
 表情って意識なの?と質問が飛ぶ。呼吸と同じで、ある部分は意識なのだがほとんどの部分は意識じゃない。表情の選択肢はそんなに多くはない。喜怒哀楽に嫌悪と不安くらいで、人種を超えて世界共通、赤ちゃんですらこれらすべての表情ができる。つまり遺伝子に書き込まれた情報として保持され、ある程度の自由度を持ってこれらのパターンが選択されている。
 ものを想像したり、抽象的な概念を操ったりするのはおそらく言葉に依存する。ウェルニッケ失語症の患者に何を飲みたいか?と問うても答えられないが、ジュースを飲む? お茶を飲む? と問えば答えられる。少なくとも言葉は抽象的な物事を考えるのにいかに重要かがわかる。サルを見ていて「そもそも自分は何のために生きているのだろう」とか考えているようには思えない。そういうことができるのは言葉が発達した人間だけなのだ。他の動物で言葉があると思うような動物いる? と問いかけ。
 犬。確かに表現が状況に応じて変化する。威嚇のためにワンワン吠える。キャンキャン鳴いて甘える。でも、情報を伝えるのと意思を伝えるのは少し違う。応用ができない。表現方法が限られている。これは言葉ではなくシグナルなのだ。たとえば言葉を操るチンパンジー。根気よく教えると100くらいの単語はちゃんと覚える。でも文法はできない。人間だったら4歳児でも3000くらいの単語を文法に則って操っている。

 さらに講義は深みに進んでいく。言葉を操ることで可能となった抽象的なことを扱えるということのメリットはなんだろうか。人間は曖昧な記憶しかもてないということと関わりが深い。あることを完璧に記憶しておくことにどんな意味があるのかということ。実際に人間の脳がしていることは「パッと見」の下にある共通項とか特徴を抽出するということ。絶えず変化する環境に100%完璧な記憶というのは意味が無い。だから人間は見たものそのままを記憶するのではなく、そこに共通した何かを選び出そうとする。
 動物は原始的であればあるほど記憶が正確だ。しかも一回覚えた記憶はなかなか消えない。すごい記憶力というのは尊敬したくなってしまうが、そういう記憶は応用が利かず基本的に役には立たない。
 このように共通項を抽出する、つまり一般化することを「汎化」という。整理すれば、人は言語を持ち、それによって抽象的な思考ができ、汎化が可能となる。汎化によってルールを知れば新しい環境や状況に応用が利く。意識や心というのは言葉が作り上げた抽象であり、言葉→心→汎化とも言える。こうして人は進化を続けているということだ。

 さて、ならば言葉を持たない犬猫には心はないのか。最も原始的な人の感情は「恐怖」で、古くから動物の脳の中に存在している。危険を避けなければ生き延びることができないからこそ、「恐怖」という感情は、「喜び」や「悲しみ」に先んじて進化の過程で最初につくりあげられ、大脳の扁桃体という部分で操られている。操られているというのは、扁桃体が活動すると大脳皮質に「恐怖」という感情が生まれるという意味で、同時に危険の記憶の強化などの影響力も持っている。「喜び」や「悲しみ」にも扁桃体に相当する部分があるのだろうけど良く分かっていない。つまり動物たちにも感情は存在しているが、抽象的な考え方はできないので、人ほど豊かではないだろうということ。さらに心となると話は難しい。人でこそ言葉によって脳の働きを確認できるが、動物では確認の仕様が無いからなのだ。

 この本を読んでからというもの、日々の仕事で診察台の上の動物たちは何をどう考えているのだろうと、動物たちの反応を見る目が変わった。自分のことを獣医師とは思っていないだろうから、優しいおっちゃんと思ってもらおう。採血の時には、扁桃体を活動させてはならないと細心の注意を払う。きっと生涯、動物病院を恐がる子にしてしまうから。採血に続けて注射をするときも同様だ。人間なら採血も注射も針で突かれるいやなことと汎化するに違いない。けれどもきっと動物は、腕を突かれる事と背中を突かれる事をまったく別のことと捉えているだろう。新たにまったく別のことをするつもりで心を引き締め直す。前回の診察の記憶はきっとあるに違いないだろうけど、ついてくれている看護士が代わっている。同じ処置でも反応が違うかもしれない。などなど。

 汎化という人に固有の脳の活動が動物たちにはないのだからと思うことで、より動物たちに優しくなれたような気がする。些細なことでも自分の記憶よりもはるかに正確に記憶しているだろうと思うことで、より細心な処置ができるようになったと思う。共に暮らす動物たちをより深く理解することで、互いがより幸せになれる。常々そう思っている自分にとって、この本と出合えたことでちょっと嬉しい年末になったのだった。

大阪市の南大阪動物医療センター

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