2010年07月01日 人と動物の関係学

「個体識別」の話

「個体識別」の話

 個体識別というと、なにやら学問的で血の通わない無味乾燥なお話になるのではと感じた方も多いだろう。テレビの2時間ドラマでしょっちゅう出てくる鑑識課さんがやっているのは、人相、血液型、指紋、DNA鑑定などで犯人の残した個体を識別できる証拠を集める作業だ。ドラマの中の犯人は捕まらないために、顔を整形したり、他人とすり変わったり、それこそ全能を傾けて犯人が自分だという事実を隠蔽しようとする。そこで登場する主役が事実を積み重ね、わずかな矛盾から真実を見抜き、2時間で無事に話が幕切れを迎え、めでたしめでたしとなる。京都の科捜研の沢口靖子や、どこかの大学の物理学教授の福山雅治なんて、ほんとにカッコいい。

 そんな犯罪者でもない限り、私たちの日常での個体識別は五感で十分だろう。顔形や声、時には匂いや、手を握っただけでわかる相手がいることもある。けれども、第三者が個人を特定するような場合、たとえば金融機関などでは、運転免許証などの身分を証明する物の提示を求められたりもする。人の医療機関では、診察時、検査時、しつこいくらいに生年月日と氏名を復唱させられる。

 さて、ならば動物の個体識別はというと、これは飼い主の方が「うちの子です」と述べる以外に方法はない。よしんば血統書があったとしても、従来の形式のものでは確たる個体識別のための証明書とは言い難い。血統書はしょせん血統書なのだ。そこで、考え出されたのがマイクロチップということになる。

 動物用に用いられている体内埋込型のマイクロチップは、生体内での拒絶反応を防ぐ為に生体適合ガラスに封入され、直径約2mm、長さ約12mmの両端が丸みを帯びた円筒形をしており、その耐久性は30年以上といわれている。マイクロチップの中には、それぞれに固有の識別番号が記録された小型集積回路(IC)とアンテナ(コイル)が封入されている。


マイクロチップ 

 マイクロチップを埋込んだ動物にリーダーをかざし、リードボタンを押すとマイクロ波が発射され、それを受け取ったコイルがマイクロ波を微弱な電流に変えてICを作動させ、そのデータを送り返し、リーダーに番号が表示されるという仕組みだ。


リーダー 

 このマイクロチップ、日本においては1997年に販売が開始されたが、マイクロチップの規格やデータの管理方法が定まっていなかったことなどから有効に利用することが難しく、普及は進まなかった。その後2004年に動物検疫制度の改正で日本に輸入される犬等についてマイクロチップ(ISO規格)の注入が義務化され、さらに2005年には外来生物法の施行で特定外来生物の飼育にもマイクロチップ(ISO規格)の装着が義務化されるなど、行政がマイクロチップを使用するようになり、2006年12月にはマイクロチップのデータベースがAIPOに統合され、情報も管理されやすくなったことから、一気に普及が進んだ。2009年3月現在、21万頭のペットがAIPOのマイクロチップデータベースに登録されている。とはいうものの、全国で飼育されている犬猫の総数の推計2,600万頭からすればまだまだごく一部なのだが。

 ところで、最近NTTコミュニケーションズが「ワンにゃんバー」なる商品を発売した。商品といっても物ではない。電話の転送サービスの一つで、先行販売された「安心ナンバー」のペット向け商品。「ナンバー」→「にゃんバー」と文字ったネーミングだ。購入するのは050-で始まる電話番号。この番号を迷子札に書いて首などに装着しておこうというのだ。迷子札を見た人がワンにゃんバーに電話をすれば、自宅なり携帯なりに転送してくれる。

 迷子札に自宅や自分の携帯番号を記入しておくのには抵抗があると感じる人たちが増えてきたということだろう。動物の迷子札から大切な自分自身の個人情報が流出するかもしれないからだ。

 この似て非なるもの、比較検討することに意味があるのかどうかは分からないのだが、2006年6月の改正動物愛護管理法の施行で、飼っている動物が自分のものであることを示すマイクロチップ、名札、脚環などの標識をつけることが推奨されているのだから、悪いことではあるまい。

 マイクロチップの注入費用は動物病院によって差があるかもしれないが、おおよそ5千円前後。1回きりの費用で一生涯。ワンにゃんバーは月額525円。
マイクロチップは脱落などの恐れはないが、注入時に多少の痛みを伴う(不妊・去勢手術を受ける際に、同時に注入するのがお勧め)。迷子札をつけるのは痛くないが、外れてしまうこともある。
 迷子になった場合に、マイクロチップはリーダーのある施設でしか読めないので、飼い主の連絡先が判明するまでに紆余曲折が予想される(リーダーの普及の度合いには地域差がある)。ワンにゃんバーは飼い主へダイレクトな情報。
 動物の保険に加入の際の要件になる場合があるなど、マイクロチップの個体識別という機能は今後さまざまな場面に利用される可能性がある。ワンにゃんバーは安全な迷子札という位置づけ以上のものにはならない。

 さしずめこんなところだろうか。いずれにしても、マイクロチップやワンにゃんバーに興味を持っていただける方々は良い飼い主さんなのだ。動物たちのことを思い、家族の一員として様々なリスクを回避し、幸福に暮らそうということなのだから。むしろマイクロチップの普及を願うのは、飼育放棄された動物たちを目の当たりにした時だ。マイクロチップから放棄した人を割り出してペナルティーをという意味ではない。それくらいの責任感を持って動物たちを飼ってあげてほしい。マイクロチップがネグレクトの抑止力になればと思うからなのだ。日本国民に戸籍があるのと同じように、すべての動物たちにマイクロチップが装着されるようになれば、迷子のペットや飼育放棄されるペットがいない社会も夢ではない。マイクロチップ装着は「絆の証」というような、そんな機運を動物を愛する人たちが醸し出せば、飛躍的な普及も望めるのではないだろうか。

 さて、ここまで文章を読んでいただいた方々にお礼といってはおこがましいのだが、迷子札にはかかりつけの獣医さんの電話番号を書いておくことをお勧めする。獣医さんのところに迷子の連絡が入ればカルテと照合してきっと飼い主さんの連絡先が判明するはず。その間、動物を預かっておけるケージもある。放浪でけがや病気になっていれば、その治療も可能。費用は迷子札の購入費だけ。誰にとってもデメリットは見つからない。

 「NTTさん、ごめんなさいねー。」

(文責:よしうち)


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