内分泌

おなかの出た犬の話

おなかの出た犬の話

  なにも今に始まった話ではないのだが、私のおなかは結構出ている。院長の貫禄とか言われながらも、すっきりとした若いスタッフたちのおなかがうらやましくて仕方がない。生来の酒好きと慢性的な運動不足から、内臓脂肪はたまる一方で、自分の体ながらも、不健康極まりなく、醜いことおびただしい。明日からは自転車通勤するぞ!と、自分に言い聞かせながらも、ついつい車のキーをひねってしまう今日この頃なのである。
 
  次の診察のカルテはと手に取ると、8歳、マルチーズ、♂のリキ君。問診票には「最近おなかが出てきた。」と書かれてある。少々耳の痛い話ではあるが、腹囲の膨満は、生理的なものから病的なものまで、いろいろなことが原因となっていて、重篤な疾患のこともある。リキ君は少なくとも男の子なのだから、妊娠や子宮蓄膿症ということはありえない。8歳といえば、既に癌年齢に達しているから、肝臓ガンや脾臓の血管腫のような腹部臓器の腫瘍のこともある。腎臓ガンはまれな腫瘍であるが、水腎症や嚢胞腎などで時に巨大な腎臓を見ることもある。また腎周囲嚢胞のように腎臓のまわりに多量の液体を貯めた嚢胞の形成を見ることもある。胃や腸の腫瘍が大きな腫瘍塊をつくる事は余りないが、運動性の低下から多量のガスを貯めていることもある。大型犬の胃拡張捻転症候群などは多量のガスでおなかが太鼓のようになってしまうが、経過が迅急性で、おなかが出てきたという以前の問題として、犬が瀕死の状況になっているはずである。逆にゆっくりとおなかが出てくるものに、腹水症がある。肝硬変の末期や、栄養喪失性の種々の疾患の結果としての低アルブミン血症からの腹水、また、慢性経過のフィラリア症による腹水など、腹水の原因も様々だが、みごとにおなかが出てきて、触診すれば波動感がある。

  犬は単に肥満というだけでは、おなかが突出することはない。全身にしっかりと脂肪がついてしまう。しかし、脂肪の蓄積と同時に、体を形作るたんぱく質の異化が起こればそうではない。つまり、脂肪は貯め込むのに、筋肉が痩せていくという病態になれば、内臓脂肪の増加に痩せた腹筋が力負けして、腹部の突出というのがありうるのである。これがクッシング病である。実際には、同時に肝臓の腫れも伴って、肋骨の終わりあたりからボンとおなかがせり出し、逆に背中にある背筋群も落ちてしまって、後ろから見るとむしろやせて見える、いわゆるクッシング体型となる。食欲は旺盛で、水も良く飲み、元気もよく、どこが病気なのかという感じだが、皮膚は薄くなり、被毛も薄く、皮膚炎は絶えない。それもそのはず、ストレスに打ち克つためのステロイドホルモンを体が作りすぎているのである。そのうちの2割はステロイドホルモンを作っている副腎の腫瘍が原因であるが、8割は下垂体性と呼ばれる、副腎に対する命令系の興奮が収束しないことによる。いったん興奮性を増した視床下部―下垂体―副腎軸は必要以上のステロイドホルモンを産生し続けるのである。

  この下垂体性クッシング病は、人や猫と比べ犬では驚くほど多い。フィードバックがかかっても、うまく脳内で視床下部の興奮性を鎮めることができないのが原因のようで、犬のその部分のメカニズムには種としての問題があるのかもしれない。いずれにせよ、ストレスがかかればステロイドホルモンが出て、体の代謝などを大きく動かし、どうにかそれを切り抜けるようにできているのだが、クッシング病の動物では四六時中、体にブースターがかかっているようなもので、長期的には心不全、腎不全、糖尿病などを合併して、危険な状況に陥ってしまう。今、元気でよく食べていても、それは命をすり減らしながらのカラ元気であることを十分に知っておかねばならない。

  リキ君とその飼主さんに診察室に入ってもらい、問診を開始した。

  「リキ君は水をすごく飲みませんか? 食欲はどうですか?」 

  薄毛で明らかなクッシング体型のリキ君のおなかを見ながら、自分のおなかをさすりつつ、とりあえずステロイドホルモンに誘導されてアルカリフォスファターゼが上昇していないかどうかの血液検査から開始することにした。

(文責:よしうち)


大阪市の南大阪動物医療センター

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