2015年08月01日 腫瘍学

「メラノーマワクチン」の話

「メラノーマワクチン」の話

x  ワクチンといえば、感染症の予防のために病原体を死滅(不活化)させたものを接種し、それに対する抗体を産生させることで免疫を得るものというのが、ごく一般的な知識だと思います。予防効果と安全性の向上のための研究が続けられ、病原体の弱毒変異株を用いた生ワクチンが登場しました。現在のワクチンの多くが、この不活化ワクチンと生ワクチンのいずれかに該当します。さらに遺伝子工学の発展に伴い、増殖性は残し、病原性に関与する遺伝子を欠損させた「遺伝子欠損ワクチン」や免疫誘導に必須なT、B細胞の認識部分のみ(エピトープ)の「遺伝子組み換え蛋白ワクチン」などが開発され、一部で実用化されています。

  その延長線上に「DNAワクチン」と呼ばれる、抗原蛋白質をコードする「遺伝子」の形で抗原を生体に接種するという、分子生物学的技術を取り入れた最先端の免疫法が登場しました。それまでのワクチンはいずれにせよ抗原(病原体)そのものを蛋白質として体外から入れていたわけですが、「DNAワクチン」では、「遺伝子」という「抗原としての蛋白質の設計図」だけを体内に入れ、それを取り込んだ細胞がその設計図に基づいて抗原を作り、その抗原に対し抗体が産生されるという、ちょっと考えると回りくどいような気もしますが、極めて効率的で斬新な方法が開発されたのです。事ここに至ると、抗原が何も病原体に限った話ではなくなってきます。

  さてここからが本題です。犬の口腔内悪性腫瘍の30〜40%を占めるメラノーマ(黒色腫)と呼ばれる腫瘍があります。発生年齢の平均は11〜12歳で、他の腫瘍より高齢で発生します。好発品種はG・レトリーバー、シーズー、ビーグル、M・ダックスフント、スコティッシュテリアなどで、頬粘膜、口唇、歯肉にできることが多く、潰瘍形成や出血を伴うことが多い黒色の不気味な腫瘍です。浸潤性が高く(50%の症例で骨浸潤あり)、経過が早いのが特徴で、かつ転移も高率で起き、大きさ、進行度にもよりますが最大で80%の転移率とされています。

  治療方法としては、外科切除が第一選択です。(メラノーマ/(Jan’08) 「下顎」の話をご参照ください。)完全に切除できない場合には、放射線治療を考慮します。外科手術が初期の段階から積極的に行われれば、生存期間を延長する可能性があります。積極的な外科手術とは、下層の骨切除を含みます。局所の再発率は下顎骨切除術を実施した場合22%、上顎骨切除術を実施した場合には48%であったとの報告があります。また、積極的な手術を行った犬の生存期間の中央値は7.3〜9.1カ月で外科手術を受けなかった犬の生存期間の中央値は2カ月であったとの報告があります。

  このようにメラノーマの予後は厳しく、局所コントロールが可能な症例であっても、転移によって命を落とすことになってしまいます。したがって何らかの全身補助療法によって、転移を抑制しなければなりません。通常日本では、プラチナ系抗がん剤であるカルボプラチンやチロシンキナーゼ阻害薬、メトロノミック療法などの化学療法が行われます。残念ながら、その他の抗がん剤も含め、十分な効果が得られているとは言えないのが実情です。

  それ以外の全身補助療法としては免疫療法があります。活性化リンパ球療法などが試みられていますが、効果のほどは定かではありません。そんな中、2009年にアメリカで、口腔内メラノーマに対するDNAワクチンが承認されました。

  このワクチンは、イヌのDNAの小さなリングにヒトチロシナーゼの遺伝子を挿入したもので、接種するとヒトチロシナーゼに対する抗体が産生されます。ヒトチロシナーゼとイヌチロシナーゼには差異があるものの、十分にイヌチロシナーゼを攻撃する能力が備わっています。チロシナーゼはチロシンというアミノ酸をメラニンに変換する酵素で、メラノーマの細胞表面には大量のチロシナーゼが存在していて、メラノーマの増殖に関連していると考えられています。このチロシナーゼを阻害することで、メラノーマの増殖を抑える効果が期待できるというのです。


(細胞表面のブルーグレイのものがチロシナーゼ)

Onceptという名でメリアル社から発売されており、局所コントロールが可能でまだ遠隔転移の認められない症例にこのワクチンを使用した場合の平均生存期間は1000日以上といわれています。



 日本では、現在、野外臨床試験(治験)の段階で、ワクチンにより生存期間の延長があるかどうかを評価中です。治験はJapanese Veterinary Clinical Oncology Group(JVCOG)所属の6施設(日本小動物がんセンター、赤坂動物病院、酪農大、東大、岐阜大、日獣大)で行われています。ただし、発売後6年が経過している本家アメリカでは、多くの症例に使用されてきましたが、最近では効果を疑問視する報告も散見されます。

※著者注:2017年現在、Onceptの臨床試験は終了しましたが、日本国内では未認可のままで、入手したり使用したりすることはできません。

 長い間、進展の見られなかったメラノーマ治療に、一条の光が差し込みつつあります。仮にOnceptが不発に終わったとしても、第2、第3のDNAワクチンが開発されるに違いないからです。願わくは、高嶺の花とあきらめざるを得ないような超高額なものにだけはしないでほしいものです。

(文責:よしうち)




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