2016年07月01日 感染症

「ネコモルビリウイルス」の話

「ネコモルビリウイルス」の話

  生物界には大小様々な生物が存在します。微生物と呼ばれる目に見えない生物も多数存在し、代表的なものに、細菌やウイルスがあります。これらの細菌やウイルスが原因となる感染症は、その存在が認知されるまで人類にとって抗うことのできない脅威でした。

  細菌を最初に発見したのはオランダの科学者のレーベンフックという人物です。彼は、服飾の商売が本職でしたが、仕事の合間に顕微鏡を作り便の中の微生物を数多くスケッチしました。しかし、細菌と病気の関係を紐解くには至りませんでした。その後の研究で、この細菌が細胞分裂から発生するということを発見したのは、細菌学の祖とも称されるルイ・パスツールです。彼は、フラスコ内で加熱したスープが腐敗しないこと、加熱処理しないスープでは、腐敗が始まり細菌の発生が確認されることから、腐敗は細菌の繁殖によって引き起こされることを証明しました。また、同時代の科学者ロバート・コッホは細菌の中には、病原菌が存在することを証明しました。コッホは細菌の純粋培養という方法を確立し、それによって細菌の分離が可能となり病原菌の特定も出来るようになりました。コッホの見つけた病原菌には結核菌・コレラ菌・チフス菌・破傷風菌・赤痢菌などがあります(1880年代)。

  コッホが実験した一連の手技は「コッホの三原則」として今でも通用する理論です。つまり、①伝染病に罹患した生体には特定の病原体が存在する、②その病原体は生体外で分離・培養される、③その分離・培養された病原体で別の生体にその疾患を再現することができる、というものです。

  その後、ドイツのレフレルは牛の口や足に水ぶくれの出来る流行病(口蹄疫)の水ぶくれの水を珪藻土濾過器を通してから牛に接種すると水ぶくれが出来るのを確かめました。この実験でレフレルは自分の先生であるコッホの考えに従って、病原体の発見につとめましたが、ついにこの条件をみたす病原体を発見できませんでした。この研究にヒントを得た米国のリードは黄熱病が濾過性病原体で起こり、蚊が病気を媒介することをつきとめました。これがヒトの病原性ウイルスを実証した最初です(1900年)。

  1940年代になると普通の顕微鏡より1000倍ほど良く視える電子顕微鏡が実用化され、タバコの葉に斑点を作るタバコモザイクウィルスや細菌にとりつくウィルス(バクテリオファージ)を視ることが出来るようになり、10〜400nm(ナノメートル)の粒子であるウイルスはその全貌を現しました。ちなみに、ブドウ球菌の直径が約1μm(マイクロメートル)で、1nm = 0.001μm = 100万分の1mm = 10億分の1mです。

  一方、1980年代から始まった遺伝子解析は、数キロベースの塩基配列を決定するのにラジオアイソトープを用いて何カ月をも要したのですが、その後の遺伝子解析技術のすさまじい進歩で、ついに 2000 年にはヒトゲノムの最初のドラフトシークエンスが公開されました。遺伝子解析技術はその後も進歩しており、今や多くの大学・研究機関に次世代シークエンサーが設置され、一回の解析で数十ギガベースも読めるようになったのです。この遺伝子解析技術の革新は、ウイルス感染症研究においても革命を引き起こしました。かつて新規のウイルスを見つけるためにウイルス分離は必須でしたので、培養細胞で増殖しないウイルスではお手上げ状態だったのです。そのような場合も、ウイルスゲノムデータベースを利用して、既知のウイルスの配列と比較し、PCR や Reverse Transcription-PCR を行うことが可能となり、さらに現在では、サンプル中に存在する RNA や DNA の塩基配列を網羅的に決定する「メタゲノム解析」と呼ばれる手法が広く行われ始めました。これらの技術により、今まで分離ができずに発見されなかったウイルスが次々と見つかるようになったのです。

  これは、具体的には例えると、だれかの尿からこんなウイルスが見つかったのだけれど、このウイルスは何か悪さをしているのだろうか?というような流れなのです。つまり、ウイルスが先に発見され、病気との関連を探るという今までと逆方向の研究が行われるようになってきたのです(下図)。コッホが聞いたら腰を抜かすかもしれません。



  2012年に香港大学の袁教授らによって発見されたネコのモルビリウイルスも、そういう経緯で見つかったウイルスの一つです。モルビリウイルスはパラミクソウイルス科のパラミクソウイルス亜科の中のひとつの属で、イヌモルビリウイルスはジステンパー、ヒトモルビリウイルスは麻疹(はしか)の原因ウイルスです。長い間、ネコにモルビリウイルスによる感染症の無いことが、研究者の七不思議だったのですが、ついに発見に至ったということなのです。ネコモルビリウイルスはfeline morbillivirusで略してFmoVとなりそうなのですが、他の略語との混乱を避けるためparamyxovirusのPを挿入してFmoPVと表記されるのが慣例となっています。

  このFmoPVは、日本でも2013年に東京農工大で初確認され、2014年に京都大学ウイルス研究所が分離に成功しています。



FmoPVが感染したネコの腎臓由来株化細胞で観察される巨細胞と細胞質内に発現するFmoPVのN蛋白質。(京都大学ウイルス研究所)

  前出の袁教授らによってFmoPV陽性の猫2頭の剖検が行われ、その結果、尿細管間質性腎炎が見つかり、尿細管上皮細胞におけるFmoPVの増殖も確認されています。日本国内において、FmoPVによる尿細管間質性腎炎は未確認ですが、15歳以上の猫の3割が慢性腎不全に罹患するといわれており、その原因の一つがFmoPV感染によるものとすれば、このウイルス発見の意義は多大です。

  FmoPVの検出はまだまだ研究室レベルで、将来、臨床レベルでの検査が可能になり、全国規模の疫学調査が行われた先に、ワクチン開発があるのかもしれません。愛猫の慢性腎不全の治療に心身とも疲れ果てた経験をお持ちのご家族の方々から、FmoPV発見、即、新たな治療の始まりと期待を抱いた問い合わせをいただきましたが、残念ながら、まだその第1歩を踏み出したにすぎません。けれども、パスツールやコッホが細菌感染症治療の扉を開いたように、農工大の古谷先生、京大ウイルス研の宮沢先生、坂口先生が、猫の慢性腎不全の原因治療のひとつを確立してくださることを信じ、今は、粛々と既存の慢性腎不全治療の向上に努めるのが我々臨床家の使命と、気持ちを引き締める今日この頃なのです。

(文責:よしうち)


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