遺伝

「マイクロバイオーム」の話

「マイクロバイオーム」の話

  7月の本コラムでネコモルビリウイルスの話を書きましたが、その発見には、遺伝子解析技術の飛躍的な進歩が貢献していました。多くの大学・研究機関に次世代シークエンサーが設置され、一回の解析で数十ギガベースも読めるようになったことで、サンプル中に存在する RNA や DNA の塩基配列を網羅的に決定する「メタゲノム解析」と呼ばれる手法が広く行われ始めました。これらの技術により、今まで分離ができずに発見されなかったウイルスが次々と見つかるようになったのです。

  この「メタゲノム解析」の技術は、新規ウイルスの発見にとどまらず、様々な分野に大きな進展をもたらしています。その代表的なものに、マイクロバイオームの研究があります。マイクロバイオームとは、地球上の様々な場所(動植物、土壌、海洋、大気、生活空間など)に存在する膨大な種類・量の微生物(細菌、真菌、ウイルスなど)の集団を指します。マイクロバイオームの研究は、1960年代に国内外で活発に推進されてきましたが、当時の技術ではマイクロバイオームの全体像の解明は難しく、研究の進展は緩やかなものでした。「メタゲノム解析」の技術の発展と普及がその状況を大きく変えたのです。

  ヒトにおいては全身の上皮(口耳鼻腔、消化管、皮膚、呼吸器、生殖器など)にマイクロバイオームが存在しています。例えば、ヒト腸内細菌は、約1000種類、約100兆個(ヒトの細胞は37.2兆個)、約1〜1.5kg、約50万遺伝子(ヒトの遺伝子は2万個)といわれ、栄養供給(エネルギーやビタミンなど)、免疫系や代謝系の調節など、体内で様々な役割を担い、共生関係にあることが次々と示されています。

  2008年、欧米でマイクロバイオームに関する大型プロジェクトが開始され、微生物ゲノム情報や欧米人の健常者データなどの基盤情報の整備が進み、様々な疾患とマイクロバイオームの状態との相関関係が見いだされました。2013年には、健常人の糞便を患者に移植する便移植治療の有効性が実証され、腸内細菌叢に着目した治療法開発が現実のものとなりました。

  ヒト以外のマイクロバイオーム(植物、家畜、ペット、土壌、大気、海洋、生活空間など)の研究も活発化しており、私たちにとって最も関心のある、ワンちゃんネコちゃんのマイクロバイオームの研究ももちろん例外ではありません。

  そのひとつに「犬の口腔マイクロバイオーム」の研究があります。初期研究では、25の犬種を代表する3歳から8歳までの51頭の犬が英国内で募集されました。犬の口腔マイクロバイオームは、犬の歯垢中における細菌種を総合的にマッピングするインデックスおよび系統図によって表わされます(下図)。発見された353種の細菌のうち、80%がこれまで記録されておらず、わずかに16.4%が人と犬との間で共通していました。第二次研究では、歯肉縁下プラークサンプルが、健康な歯肉、歯肉炎・軽度歯周病の223頭の犬から採取されました。これらの中で特定された274種の異なる細菌種のうち、虫歯を引き起こす可能性がある齲蝕原性細菌であるストレプトコッカス群は確認されませんでした。人および犬の歯垢に関連した細菌種間においては、いくつかの類似点はあるものの大きな相違点がありました。 これらの比較は、どの種類の細菌が犬、さらに場合によっては、人間の歯周病の発症に重要であるかを決定するのに役立つことが期待されています。




  この研究を主導したウォルサム®研究所のStephen Harris博士は「犬の口腔ケア製品を設計、テストするには人の研究データに頼るより、犬における研究成果をきちんと適用することが必要です。ペットの飼い主は、愛犬の健康維持のために、定期的な獣医師による検診や基準を満たしたデンタルガムのような口腔衛生用品を使用することが重要です。獣医師は飼い主に優れた口腔ケアに関する情報を提供し、犬の口腔衛生の適切な維持のために、有益なペット用品を推奨する重要な役割を担っています。」と話しています。

  そのほかにも、「犬の皮膚のマイクロバイオームの研究」では、犬アトピー性皮膚炎で、マイクロバイオームを構成する微生物の内、ブドウ球菌やマラセチアの増殖を高率に伴うことが分かっており、その要因として皮膚における抗菌ペプチドの発現量の低下が指摘されています。Marsella博士らは、セイヨウナツユキソウおよびボルド葉の抽出物が抗菌ペプチドであるβ-ディフェンシンのmRNA転写量を増加させることを報告し、マイクロバイオームの正常化に貢献する可能性を示しました。この成果は、シャンプーなどのスキンケア製品において、すでに応用が始まっています。

  このように、マイクロバイオームの研究は、有用な製品開発、創薬に大きな影響を与えるとともに、ヒトとペットの共生においても、相互のマイクロバイオームがどのように影響しあうのかなど、共生の在り方そのものについて、様々な発見をもたらしてくれることでしょう。

(文責:よしうち)



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