2002年05月01日 歯科

口を閉じられない猫の話

口を閉じられない猫の話

 「出もの腫れものところ嫌わず。」という言葉がこのコラムではもう何回出てきただろうか。今回は口の中の話である。口内炎になったことはありますか?と、手当たり次第に友達に聞けば、なったことがないという人は多分いないだろう。このときにイメージするのは、口の中にポツリとできて舌で押しただけでも結構痛く、ひどくなると頂上が白くなって潰瘍化する、いわゆるアフタ性口内炎のことだろう。お茶をすすっただけで、飛び上がるほど痛い、にっくきポツリである。薬局でケナログでも買ってきてつけようかなどと考えているうちに、1―2週間もすれば自然に治っている。しかし、猫のいわゆる慢性口内炎となると様相がずいぶんと違う深刻な問題なのである。

  次のカルテはと手にとると、日本猫のミケちゃん、10歳。最近ではトンとお目にかかれなくなった、きれいな三毛猫のミケちゃんだったことを思い出した。問診票には口を開いたまま閉じない。よだれが出て止まらない。何にも食べない。と書いてある。これは猫の慢性口内炎かもしれないと、嫌な予感が走る。

  いわゆる猫の慢性口内炎というのは、歯肉縁の炎症などから始まり、ざくろのような粘膜の増生や出血を伴うような口腔粘膜全体に及ぶ激烈な炎症を指してそう呼んでいる。流涎(りゅうぜん=よだれを出すこと)や口の周りの汚れ、悪臭を伴い、重症になれば、カリッとドライフードを一粒噛んだだけで、「ギャッ」と声を出して痛がるようになり、とうとう物を口にできなくなってしまう。よだれを垂らして半開きの口で食器とにらめっこをして食べようとしないわが愛猫に、どうしたのかと、口の中を見ようとしても、口を開けることさえ痛がり、飛び上がって逃げ去ってしまう。

  原因は実はよく解っていない。猫白血病ウイルス(FeLV)や猫免疫不全ウイルス(FIP)が関与している慢性口内炎もある。またそれらのウイルスの関与の無いものもある。「歯頚部吸収病巣=Neck lesion」という歯の生え際が融けていく恐ろしい病巣を伴うような激烈なタイプもある。いずれのタイプもさまざまな状況で免疫系に何らかの異常を来たし、破歯細胞を誘引して、激しい炎症を起こしてしまうことに違いはない。一種の激しい自分の歯に対するアレルギーのような状況を思い描いてもらえればよい。これは人のアフタ性口内炎とは比較にならぬほど深刻な病気なのである。

  治療法も真の原因が釈然とせぬ以上、決定打はないが、色々なことが試みられている。インターフェロンの低容量での口腔内への直接塗布や全身投与。ステロイドでも全身投与から口腔内に塗布するタイプのもの、持続性ステロイドの歯肉内への局所注射などもある。口腔内を清浄化することは必要なことだが、それだけでは改善せぬことも多い。ラクトフェリンが効果的なこともある。これらの薬剤を単味で、または併用しながら、定期的なスケアリングを実施し、だましだまし苦痛のない生活を過ごさせてやるのが精一杯と言ったところが現実である。それでも極端にざくろのような粘膜の増生や歯頚部吸収病巣が出てきてしまっているようなものでは、それこそ歯が立たない場合もある。CO2レーザーで増生した粘膜を蒸散したり、全顎抜歯といってすべての歯を抜歯したりという、かなりアグレッシブな治療を試みないと改善の望めないものも多い。

  「ミケちゃんどうぞ。」

と診察室に入ってもらい、経過を聞いてみる。確かに2―3年前から口臭があり、硬い物は噛みにくそうだったらしいが、よだれを出し始めたのは昨日の夜の食事中に突然始まったらしい。それまで機嫌よくいつものフードをパリポリ食べていたのが、急に食べなくなり、よだれを出し始めたということだった。

  話を聞きながら、診察台の上で口を開けたままよだれを垂らしているミケちゃんの身体を触り、脱水もない、発熱もない、一般状態は悪くないなどとチェックしてゆく。

  「それじゃ口の中を見てみましょうか。」

  慢性口内炎なら相当嫌がるはずだが、どうもミケちゃんは違うかもしれないと思いながら、前歯に指をかけそっと口を開いてみる。痛みは無いようだ。かなりな歯石の付着があり、歯肉はやせて後退し犬歯が異様に長いような印象がある。どの歯にも歯石の付着があり歯周病の様相を呈しているがいわゆる慢性口内炎ではなさそうだ。歯科用ミラーを使って一本一本丹念に歯をチェックする。ミラーで押すと動揺する歯もある。これはと思い看護士に抜歯鉗子をオーダーする。すばやく上顎の歯石で倍くらいの大きさになった臼歯を挟んで牽引すると、ほとんど抵抗無く抜けた。

  「もう大丈夫ですよ。」

とミケちゃんのお母さんに微笑みかけ、話をはじめた。ミケちゃんは、何事も無かったかのように急にリラックスし、診察台の上で身繕いを始めてしまった。もちろん口はきちんと閉じられるようになっている。

  「ミケちゃんは歯周病のせいで歯茎がやせて、奥歯がぐらぐら動揺するようになっていたのですが、昨日の食事のときに噛んだ弾みに上の奥歯が内側に倒れこみ、下側の奥歯と当たるようになって口が閉じられなくなっていたんですね。その歯を抜いちゃいましたから、もう昨日までと同じように食事ができますよ。」

  他の歯もそうとう歯石の付着があり、きちんと全身麻酔下でスケアリングしたほうが良いと説明しながら、慢性口内炎でなくて良かったとひとり安堵した。

  安心して全身麻酔がかけられるかどうか血液検査をした後スケアリングの予約を取り、帰り仕度をするお母さんの胸のバッグの中からミケちゃんが顔を出し、こっちを見てウインクしたように見えたのは、決して気のせいではないように思えたのだった。

(文責:よしうち)

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