2002年08月01日 整形外科

お皿の話

お皿の話

  「お皿」という言葉を聞いて頭に思い描くものは、きっと人それぞれに違いない。美術工芸品に明るい人なら、きらびやかな装飾皿を思い浮かべるのかもしれないし、きのう四谷怪談を見てきた人は、番町皿屋敷なのかもしれない。日本の食卓に並ぶ食器は多彩で、皿以外にも鉢、椀などというすばらしいものがある。英米では皿にあたるのがプレートとディッシュで浅いのが前者、深いのが後者、大きな盛皿はソーサーである。しかし、この仕事をしていてお皿といえば、膝にある皿すなわち膝蓋骨である。英語ではディッシュでもプレートでもなくKneecap=ニーキャップといい、膝蓋骨に相当する言葉はPatella=パテラである。この膝蓋骨、特に小型犬では色々と問題がある。

  次のカルテはと手にとると、ヨークシャーテリアのプーくん、8歳。「時々足を上げて痛そうにするが、しばらくすると何事もなかったように普通に歩く」と問診票にある。足を挙上するという問題では、いくつかのケースが考えられる。ひとつは整形外科的な問題。今ひとつは皮膚科的な問題。そして三つ目には行動学的な問題である。

  皮膚科的な問題というのは、主に指間の皮膚炎である。指の股にひどい湿疹のような皮膚炎があると時々足を上げ痛そうにする。大きな外傷であれば気づかない事はほとんどないだろうが、とげが刺さっていたり、草の実それもトゲトゲしたのがパッドの間の毛に絡み付いていることもある。

  行動学的な問題はあらゆるそれ以外の可能性がすべて否定されてしまったときに、それでも何らかの疼痛があるのか、人の気を引くための演技なのかという微妙な部分である。ちなみに、きちんとした研究論文で気を引くための演技を証明したものは一篇もない。

  整形外科的な問題には様々なものが含まれるが、すぐに普通に歩き出すのだから、大きな骨折や脱臼、靭帯損傷などは除外される。それ以外の整形外科的な問題にはレッグペルテスと呼ばれる大腿骨頭の関節軟骨の虚血壊死症や変形性の関節症、打撲や運動時の軟部組織の損傷、何らかの原因による軽微な疼痛などが含まれる。そして、いちばん多い問題は膝蓋骨脱臼なのである。

  プーくんに診察室に入ってもらい、足の挙げ方や頻度などを聞きながら、さっと身体検査を実施する。そして、問題の足をじっくり精査していく。指の股に皮膚炎や外傷はないか、股関節を外転させ、膝を屈伸させ、脛骨(スネの骨)を内転させ、大腿骨と脛骨を前後にずらし、各関節の安定性を確認する。両の足の触診を終えて、プーくんのお母さんに話しかける。

  「プーくんの膝の安定性があまり良くないですね。スネの骨がかなり内側に回転して、そのときにお皿の骨が内側に外れてしまいます。ときどき足を挙げるのはそんな時ですね。でも、お皿はすぐに自然に元の位置に戻って普通に歩けるようになるんですよ。」

  この、膝蓋骨の脱臼は小型犬に特に多く、トイ・プードルでは遺伝疾患であることが証明されていて、他の小型犬種においても同様に考えられている。手で膝蓋骨を内方へ圧すれば外れるというものから、膝を曲げるだけで脱臼するもの、常時脱臼していて手で戻せば戻るが放せば再び脱臼するもの、手で脱臼を戻せないものの4段階に分けられている(Putnamの分類)。重症の4度のものでは、膝関節の内側支帯が拘縮し、大腿骨は内側へ変形(内反股)し、脛骨も膝に近い部分が内側にねじくれ(内反膝)、大腿骨の滑車溝と呼ばれる膝蓋骨が上下運動すべき溝が無くなってしまい、膝蓋骨はあるべき位置から60度以上内側に固着して、膝はいつも九の字に曲がったままで伸ばせず、余りふんばりも効かない。この4度の状態には、それより程度の軽い状況をそのままにして永年を経過して陥る場合と、生まれたときから膝蓋骨が脱臼したままで発育し1才以下で陥ってしまう場合がある。1〜3度の場合、症状は様々で、むしろ自然に外れたり入ったりしているときの方が足を挙上することが多い。外れたままになるとそれなりの安定で、やや不自然な歩き方であるが、「そんなものかしら」と見過ごされ、4度になって支障が出てきて始めておかしいと気づく場合が多いかもしれない。

  プーくんはさしずめ1度と2度の中間くらいだろう。肥満しない限りは老犬になるまでどうにか膝はもってくれるかもしれない。しかし、老犬になって相当進んだ状況での手術というのはプーくんにとって有難いものではないだろうし、なにより、それまでの間、時々足を居上し、さらに進めば違和感のある膝を使い、生活してゆかねばならない。荷重を膝蓋骨が正しい方向へ導けないため、十字靭帯も断裂しやすく、膝関節が不安定なため変形性関節症を続発してしまうかもしれない。日常生活に注意を払い、肥満に気をつけ、進行しないように騙し騙し一生を過ごす方法もある。しかし、頚骨に内転防止縫合を施し、言うなれば人工の靭帯を装着するような簡単な方法で、確実に進行を押さえることができるのである。うちの病院では、ここ3年ほどの間に50例ほどの良い成績を収めている。重症になってからでは、さらにアグレッシブな術式を組み合わせていかねばならない。

  股関節と膝関節に変形性の関節異常がないかどうかレントゲンを撮り、膝蓋骨脱臼についての説明をし、膝関節モデルで実際のプーくんの膝の状況の説明をし終えたところに、ちょうどフィルムが上がってきた。

  「まだ膝関節には変形性の問題は出ていないですし、股関節もきちんと入っていて、レッグペルテスなどの問題もないですね。手術を検討されますか?」

と、問うと、「はい、お任せします。」と、プーくんのことを一生懸命思う緊張気味のお母さんの眼差しが返ってきた。

  「それでは、日程の予約をする前に、術前の血液検査をさせていただきますね。」

  採血を終え、検査結果を待合で待ってもらっている間に、今度はヨーキーのショウくんがお母さんに連れられて病院の玄関を入って来るのが見えた。ショウくんは両足の膝蓋骨が外れる状態で生活していたのだが、車を飛び降りた弾みに片方の十字靭帯を切ってしまい、かかりつけの先生にうちの病院を紹介されたのが初診だった。先に十字靭帯を断裂した側を手術し、さらに反対の足も2ヵ月後に手術して、今は4本足で走り回っている。きょうは術後2ヶ月の検診だった。プーくんのお母さんがショウくんのお母さんに話しかけ、話は結構弾んでいるようだった。

  血液検査の結果を話し手術の日程を相談するために、もう一度プーくんのお母さんに診察室に入ってもらったときには、もうさっきの緊張した表情は吹き飛んで、ニコニコの安心顔にかわっていた。

  「ショウくん見ました。安心しました。なるべく早い日程でお願いします。」

  矢継ぎ早の言葉に、「百聞は一見にしかず」を思い知らされた一日であった。

(文責:よしうち)

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