2002年10月01日 消化器

ありがたくない迂回路の話(その2)

ありがたくない迂回路の話(その2)

  翌日の出勤時には、昨日と打って変わって道はガラガラ、何のストレスもなくスイスイと走れた。車のエンジンもすこぶる機嫌がよい。ピーちゃんの予後に、漠然とした明るい予感を抱きながら、15分も早く病院についてしまった。

  午後1時の予約診療時間を待ちきれずにピーちゃんのお母さんとお父さんが早々と来院された。すぐに診察室に入ってもらうと、

  「先生、手術お願いします。」と、いきなりピーちゃんのお母さん。

  「わかりました。手術はやらせていただきます。でも、その前に解っておいていただきたいことがいくつかありますので、説明させてください。」

  高アンモニア血症・脳症・小肝症そして総胆汁酸検査によって、門脈シャントの存在はほぼ間違いない。しかし、確定診断ということになれば、直接シャント血管を確認せねばならない。それにはいくつかの方法がある。エコーでシャント血管を描出する方法、前腸間膜静脈や脾静脈から造影剤を注入する門脈造影法によってレントゲンで確認する方法、開腹して直接肉眼でシャント血管を確認する方法などがある。いずれにせよシャント閉鎖術を前提とした検査で、検査に引き続き手術を実施することになる。

  しかしながら、確認されたシャント血管が肝内にある場合には、少々話が違ってくる。開腹して直接肝臓にエコーのプローブを当ててシャント血管を確認し、肝臓表面から縫合針によって結紮糸をシャント血管の向こうにくぐらせる方法や、エックス線モニターによって閉鎖用コイルを後大静脈からシャント血管内に誘導する方法などが考案されているが、現在の臨床レベルでは相当な危険が伴うといわざるを得ない。
 
  肝外にシャントがある場合には、最終的に肉眼で血管を確認し、結紮糸で血管を閉鎖するか、アメロイドコンストリクターと呼ばれるリングを装着する。これらによって、シャント血管が閉鎖されると、迂回していた血流は本来の肝臓へ流れ込み始め、肝内門脈枝を経て、類洞へ向かい始めるのだが、門脈枝や肝臓の発育があまりに未熟な場合、肝内へ流れ込む血流が交通渋滞を起こし、胃腸全体が重度のうっ血状態に陥ることになる(門脈高血圧)。この場合には、シャント血管を完全に閉鎖することをあきらめ、門脈高血圧を起こさない程度にある程度の疎通を残した閉鎖となる。そして、経過を見ながら数ヵ月後に門脈流の回復を待って完全閉鎖のための二度目の手術を実施することになる。その点、アメロイドコンストリクターは、ステンレス製のリングの内側にドーナツ状のカゼインコアをもつ閉鎖具で、血管周囲に装着後徐々に水分を吸収してカゼインコアが膨張し、外側をステンレスリングに囲まれているためドーナツの穴がなくなっていき、ゆっくりと血管を締め付けていく。一度の手術で手技は終了する。問題がないわけではない。カゼインコアの閉鎖速度が門脈高血圧を起こさぬほど緩徐である保証はない。ステンレス製のカバーの重みによって動いた弾みにリングが血管をねじり、一気に閉鎖してしまうアクシデントもある。また、門脈の形成そのものが異常で、閉鎖が不可能な場合もある。

  「小型犬には肝外シャントが多いのですが、それでも肝内シャントがないとはいえません。完全閉鎖を100%とすれば、それが何%まで達成できるか、やってみなければわからない手術です。時には0%のこともないとは言えません。そのあたりをご理解いただければ、最善の手術をさせていただきます。」

  「お願いします。」と頭を下げるピーちゃんのお母さんの目には涙が光っていた。

  その三日後にピーちゃんがエコー検査台の上にいた。必ずしもエコー検査でシャント血管を確認できるとは限らない。しかし、確認できれば、門脈造影をしなくてすみ、うんと麻酔時間を短縮でき、ピーちゃんの負担も減る。看護婦さんが優しくピーちゃんを保定してくれている。後大静脈から腎静脈の分岐を探しそこから頭側へ探っていく。やけに太目の血管が後大静脈の脇に現れ、たどっていくとループを描いてユーターンし後大静脈に合流している。「これや!肝外や!」

  引き続き麻酔に入り、開腹を始める。小肝症のピーちゃんの右前肢にはラインが確保され、グルコースの入った点滴が開始されている。心電図モニターにも異常はない。酸素飽和度、終末二酸化炭素濃度にも問題はない。安定した状態でまず十二指腸ループに消化管全体を包み込み左側に寄せる。後大静脈を確認し、門脈を探す。シャント血管は見えない。十二指腸を戻し、胃体の下部、大網嚢から胃の真裏を探り、先ほど確認した後大静脈を見に行く。エコーで見た大きな血管が後大静脈から胃底部に向かっている。「これや!シャント血管や。」 膵臓を直視下に置き、シャント血管を指で圧迫する。鮮やかなピンク色がゆっくりと暗く変色する。「完全閉鎖は無理や。」マノメーターを使って門脈圧を見ながら結紮糸で部分閉鎖に行くか、アメロイドコンストリクターで行くか。「シャント血管の後大静脈合流部はそこそこ支持組織もありしっかりしている。完全閉鎖しても重度の門脈高血圧にはならない。アメロイドリングの閉鎖がかなり急速に進んでも大丈夫だろう。」アメロイドコンストリクターで行くことにし、3サイズの中から一番よいものを選び、装着にかかる。血管の分離を極力抑え、窮屈な思いをしながらリングを滑り込ませ、キーを挿入して切り欠きを閉じる。指で弾いてもリングはねじれそうにない。閉腹し、吸入麻酔を止める。

  ピーちゃんの覚醒は驚くほどスムースだった。それもそのはず、今までで最も短時間で手術を終えることができていた。

  「ピーちゃんのお母さんですか。今手術が終わりました。アメロイドリングを使用しましたが、万事順調です。食欲が戻るまではグルコースの入った点滴をしなければなりませんので入院ですが、明日以降面会には来てあげてください。3日間ほど門脈高血圧には要注意ですし、1ヶ月ほどは激しい運動を避けてもらわなければなりません。とりあえず今はよい状態であることをご報告しておきます。」

  「ありがとうございました。」というピーちゃんのお母さんの声が弾む。

  10日後に抜糸に来院されたピーちゃんのお母さんとピーちゃん。

  「こんなに効果が早く出るとは思いませんでした。今までにないくらい元気ですし、変な様子もなくなりました。食欲もしっかりあります。」

  うれしそうなお母さんにも増して、ピーちゃん自身の顔も、感情が戻ってきたようにうれしそうにしている。検査の数値も、アンモニアが劇的に下がり、来週には総胆汁酸検査をすることになっている。

  全ての門脈シャントの子がピーちゃんのように行くとは限らない。閉鎖できずに、内科療法を一生続けねばならない子達も多いのだ。特に1歳を過ぎてからシャントの存在が分かったような症例では、厳しいことも多い。そういう意味では、早くに診断が下り、順調に外科的閉鎖ができたピーちゃんは、ラッキーだった。来週の検査の予約を取っているお母さんの腕に抱かれて、ピーちゃんが受付の裏側の自分に向かって、「ありがとう」とウインクを送ってきた。「そう、君はもう大丈夫だよ。」心の中でエールを送った。

(文責:よしうち)


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