皮膚科

耳の話

耳の話

  「へえ、そりゃ耳寄りな話だね。」などという言い回しがある。興味をそそられる時に用いる用語だ。日常に何のお役立ちが無くとも、興味をそそられればボタンをたたき、今の話は「79へえ」なんていうテレビ番組が流行っていたりもする。この耳という器官は耳介と耳道、鼓室胞、鼓膜、耳小骨などから構成される感覚器官なのだが、一般に耳と言えば耳介を指し、それ以外の部分は耳の穴ということになるのかもしれない。

  その耳介、動物種によって多様な形態を示すが、ネコでは立ち耳かスコティッシュのように折れ耳かというくらいの皆同じような形だが、イヌでは種類によって様々な耳の形がある。この耳介と鼓膜までの耳道をあわせて外耳と呼んでいる。この外耳に炎症が起きれば外耳炎なのだが、イヌの来院理由の間違いなくNo.1なのだ。なぜイヌに外耳炎が多いのか。犬種によって発症率にかなりの差はあるものの、日本の高温多湿な環境が関連していることだけは確かだろう。

  次のカルテはと手に取ると、コッカースパニエルのジュン君。7才令。あのヤンチャ君だ。外耳の定期処置なのだが、ジュン君の性格に難がある。先月登場したリンリンちゃんと同じ状況が子犬の頃にあったのだろうが、残念ながら適切な指導にめぐり合えずに、完全な本咬み犬に成長してしまったのだ。地元の獣医さんに「これでは処置できん」とさじを投げられ、実家の近所の当センターへ2時間かけて通院してこられる。お父さんもお母さんもそれは愛情の深い人たちで、ジュン君に咬まれても今では仕方ないと諦めておられて、それなりの生活はきちんと家では送れている様子なのだが、残念ながら動物病院では嫌がることをせざるを得ないために如何ともし難い。検温はおろか耳に触れようとすると獅子舞よろしくカチカチカチッと物凄い勢いで歯が合わさる音が鳴り響き、確実に自分の手をめがけて口が飛んでくる。地元の獣医さんの仰せの通り、とても処置どころではない。相談の結果、毎回鎮静をかけて外耳処置をさせていただくことになったのだった。

  一言で外耳炎といってもその原因は多様だ。単に細菌感染のものから、マラセチアという真菌が原因のもの、ミミヒゼンダニ(俗に言う耳ダニ)によるもの、アトピーが基礎疾患として存在し外耳炎を呈するもの、などなど。皮脂腺の活動も無関係ではない。耳道では皮脂腺は耳垢腺と名を変えるが、その分泌が過剰であればやはり外耳炎になりやすい。

  冒頭でイヌの耳の形態の多様性の話をしたが、それ以上に外耳の処置の仕方は各動物病院でそれぞれかもしれない。点耳薬を家で点してもらうだけというパターンから徹底的に病院で処置しますというパターンまで、千差万別といっても良いだろう。どうするのがベストかというのは難しいが、原則はある。以下はアメリカの皮膚科専門医のDr. Merchantの意見である。

(1) 耳道にある汚れは洗浄して完全に取り除くこと。
(2) 炎症があるときにはなるべく毛を抜かないこと。はさみで短くする。
(3) 耳道に用いる外用薬は塗布後徹底的に拭き取り、基剤を耳道に残さない。残った基剤は細菌や真菌増殖の足がかりとなる。眼で見て何も残っていないと思っても十分効果が期待できる分量の成分は残存している。
(4) 基礎疾患があればそちらも治療すること。
(5) 炎症が高度であればためらわずにステロイド剤を使用すること。
(6) 難治であれば、外耳道切開術を早い時期に実施すること。
  高温多湿の日本の環境という部分では岐阜大学のDr.深田の論文がある。
(1) 耳道の毛は耳道内の湿度を増加させる。
(2) 湿度の増加で外耳炎の発症率は上昇する。
(3) 炎症のあるときに毛を抜くと炎症が悪化する。
(4) 炎症がなければ、毛を抜くことで予防効果が期待できる。
  この2人の意見を元に、何年来外耳処置を実践してきた。外耳炎をおこして来院したワンちゃんには、耳道洗浄をし、薬剤の点耳や必要なら内服薬も処方する。直ってからも、定期的なチェックと予防処置のために、毎月の検診を勧めている。耳道の毛を抜き、わずかな汚れも拭き取って清潔にする。

  外耳炎をおこしてしまって処置を必要とする場合、どうしてもワンちゃんにとって嫌なことを強制することになってしまう。耳が痛い、痛いのに触られる。当然病院を怖がり、耳を触られるのが嫌なワンちゃんになってしまうのだ。しかも決して1度きりの処置で直るような病気ではない。重症であればあるほど、短い間隔でマメに来院いただかねばならない。軽症のうちにさっと治して、定期的にチェックしていけば、結果的にはワンちゃんの苦痛も最小限で、トータルの来院回数も最小限に留めることができる。

  こんなお話をして、ジュン君の外耳処置を鎮静下で行うことにしたのだった。

  「先生、耳を水で洗うんですか? 大丈夫ですか?」
と、ジュン君のお父さん。

  「大丈夫ですよ。完全に汚れを洗い出して、水分を拭き取り、お薬を塗ります。」
  「生理食塩水といって、体の水分と同じ濃さの水で洗浄すれば、傷もつかず、沁みもしません。一番安全なんです。」

  「水が入れば耳が悪くなると言うのは、耳垢が水でふやけて細菌が増殖し化膿するからなんです。耳垢を完全に取り除けば何の問題もありません。」

(最近ではAuliflash という動物用外耳洗浄器が某有名製薬会社より販売されそれを使用している。)

  「お父さんは耳掻きで耳をお掃除しますか?」と、笑いながら尋ねた。

  「ええ、やりますけど。」とお父さん。

  「外耳の皮膚を耳掻きみたいな硬いものでカリカリこすると、実際は小さな傷がついてかえってよくありません。」

  「ちなみに、欧米には耳掻きという道具はありません。欧米人の耳掃除はポットで水を耳に入れてよくもみ、綿棒で拭き取ります。」

  「アメリカの人に耳掻きをみせて、これは何でしょうと質問してみてください。正解を 聞いて目を丸くすることうけあいです。」

  こんな話をしながら、初めてのジュン君の外耳処置は終わった。結果は良好で、首を振ったり耳を掻いたりという行動が減り、イライラが少なくなったことが実感できるとのことで、以後きちんきちんと定期処置に来られるようになったのだ。

  コッカーというのは、外耳炎のない子を探す方が難しいくらいに外耳炎が好発する犬種だ。鎮静が可能な年齢も考慮し、手術も積極的に考えていかねばならないだろう。

  そんなことを考えながら鎮静剤を注射器に吸い取り、診察台の周りのいすを片付け、万事抜かりのない体制を整えてジュン君の名を受付さんに呼んでもらう。お父さんが決死の形相でジュン君を抱きしめながら診察室に駆け込んでこられる。台上にジュン君の足が乗るか乗らないかの瞬間にすかさず鎮静剤を筋肉注射する。

  「射ちましたよ。」と声をかけると、お父さんはそのまま待合を通り越して外へ走り出る。そして路上に降ろされたジュン君は、やみ雲に何かに咬み付こうとして、大きな犬歯がカチカチ音を立てながら空を切るのだ。

  10分もすればジュン君は眠くなり、ぐんにゃりとするはずだ。そう思いながら、腋の下を汗が流れる。子犬のときのしつけを今さらとやかく言うのはよそう。今からジュン君にしてやれること、これからジュン君やその家族にとって一番よいことを考えていかなければならない。こんなに愛情いっぱいの家族にも、ジュン君にも幸せな生活を送ってもらわなければならないのだから。

(文責:よしうち)

* 当センターへ予防に訪れる仔犬たちのために「パピートレーニング」の教室を開催いたしております。詳しくは、当センター受付まで。



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