2004年09月01日 遺伝

遺伝子の話

遺伝子の話

  中学生のときだったように思う。メンデルの法則を教わり、そして、ダーウィンの進化論を教わった。エンドウの形質の遺伝様式の話は余りにも有名だ。そして、ガラパゴスの動植物を観察して書かれた「種の起源」も。しかし、誰もそれに矛盾を感じないのかと不思議だった。ダーウィンの言う自然淘汰によって適者が残っていっても、メンデルの法則がある限り、普通のサルが手の長いサルにはなるかもしれないが、何千年かけても決してヒトにはならないだろうとずっと考えていた。

  ようやくその答えに近づくことができたのは何と20年も経った頃のことだった。当時、大阪にも放送大学のビデオセンターが開校し、週に2度ほど通っていたことがあった。吉内動物病院から南大阪動物医療センターへの過渡期、スタッフを採用し仕事をしてもらうための知識の欠如を感じて、「企業と人材」とか「現代中小企業論」などの講義を受けに行っていたのだが、生来の生物好きから「進化論」や「集団遺伝学」の講義を興味本位に受講した。当時国立遺伝学研究所の名誉教授をしておられたと記憶している木村資生先生のビデオ講義に感動したものだった。中学生以来進化についてなんら知識的な進歩もなかった自分に、突然「中立説」なのだから、英国のネイチャー誌を原書で幼稚園児に読ませているようなものだ。しかし、突然変異というキーワードが頭に残り、進化総合説を理解し、遺伝子の浮動理論から中立説へとなんとか頭がついてきてくれた。総合説と中立説が相反するものであろうがなかろうが、メンデルとダーウィンを握手させようとしているのは「突然変異」であることだけは間違いない。長年の疑問が氷解した嬉しい瞬間だった。

  その中立説の講義に何度となく出てくる言葉に致死遺伝子というのがある。生命に関係のないすなわち中立の遺伝子については「進化速度=突然変異率」が成り立つとされているのだが、この中立遺伝子と致死遺伝子のちょうど中間的な遺伝子について、実は、学問の問題だけではなく、自分たちの仕事にも大いに関係してくると最近感じることが多い。

  最近、待合にすわっている動物の中に、ミニチュアダックスが目立つようになってきた。いわゆる人気犬種ということなのだろう。しかも、その毛色が非常に多様なのだ。この毛色に関係する遺伝子が全く生命と無関係な、つまり中立遺伝子ならば、それが突然変異で生じた稀有な毛色であっても少しもかまわない。いやむしろ、その飼い主の方からすれば大変な自慢なのかもしれない。

  しかし、ダップルという毛色と関係の深いマール遺伝子という代物が不完全優性という遺伝様式を持ち、ホモになれば致死的な形質を発現するとすれば、これは難儀な話なのだ。ヘテロでそれなりに健康なダップルが存在し、そのダップルの人気が高ければ、ダップル同士を交配しようとする可能性もある。いわゆるダブルダップルメイティングと呼ばれる禁じ手だ。健康に影響を及ぼすような形質を発現する可能性のある交配は、これは行ってはいけないことなのだ。いくらダップル斑の作り出す毛色を美しいと感じようが、健康が何にも勝ることに異論を唱える方はおられまい。さらにややこしいことに、レッドダップルという組み合わせは見た目にダップルには見えない、いわゆる隠れダップルと呼ばれる毛色なのだ。この毛色の存在はそれ自体が危険だ。ダップルと気づかずダブルダップルメイティングしかねないからだ。したがってこのレッドダップルという毛色を生み出す交配も避けねばならないということになる。などなど。

  実際には、ダックスの毛色に関連する遺伝子はマール遺伝子だけではなく数種類が知られており、進行性網膜萎縮症や聴覚異常とも関連が深いとされている。劣性遺伝のホモ型を生じないための有益な情報として毛色を活用することは良いことだが、好みの毛色を発現させるために劣性遺伝発現のリスクを背負うことはとてもお勧めできない。自然が淘汰しようとしてきたものをあえて作り出そうとする悪魔の所業と言わざるを得ないからだ。

  ダックスオーナーの方々が多様な毛色に興味を持ち、交配を考えられることは決して悪いことではない。しかし、交配以前の問題として人気犬種にはまず商業的な論理しか働かない現実を考えれば、すでに遺伝的疾患の蔓延した現状をご理解いただけるはずで、そういった愛犬を繁殖に供することの潜在的な危険性をぜひ分かっていただきたいと思う。
  次のカルテはと手に取ると、ミニチュアダックスのモモちゃん8ヶ月令。メモに相談と書いてある。何の相談だろうと思いながら診察室に入ってもらうよう看護婦さんに告げた。待合へのドアを開け名前を二度三度看護婦さんが呼んでいる。ようやく入ってきたのは二十歳前後のお嬢さんで、左手にモモちゃんを抱え、右手に携帯を持ってメールを打ちながらのご登場だ。しばし絶句し、送信し終えるのを見て話しかけた。

  「きょうは何の相談?」

  「モモな生理が来てん。いつかけたらえーか動物病院行ったら診てくれるって聞いたから。」

  何から話そうかと思い切り気が重い。

  「何で子供産まそうって思ったのかな?」

  「友達がな、生まれたら欲しいっていうから。しょーないなー思って。」

  「お産や生まれてからの面倒は見れるの?」
  「それに、初めての発情では産ませへん方がいいよ。」

  「えっ、そうなん? ほな帰るわ。」

  「そういわんと、ちょっと話し聞いて行き。」

  「そやな。せっかく来てんし。聞いてこか。」

  それから延々と繁殖の講義が続いたことは皆様のご想像通りだが、何よりも、なぜ子供を産ませたいのか、そのリスクと責任をきちんと理解できているのかというところで、ようやくモモちゃんのお母さんの顔になってくれたのだった。愛犬が愛おしくない人はいない。さらにその愛犬が産んだ子供がかわいくないはずはない。母子ともども幸せに暮らさせてやりたいと願わない人はいないのだ。

  「せんせ、分かった。モモ一人ちゃんとみられへんのに、うちにお産なんかさせられるわけないわ。」

  「いろいろ教えてくれてありがとー。次の生理までに、不妊手術もふくめてじっくり考えてみるわ。」

  動物たちは人を幸せにしてくれるだけではない。成長もさせてくれるのだと改めて思った。帰り際のモモちゃんと目が合ったとき、

  「(君も苦労が絶えへんなー)」

と、思わずウインクをしてしまった。

(文責:よしうち)


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