消化器

便秘の話(ネコ編)

便秘の話(ネコ編)

  便秘とはウンチが過度に硬く乾燥したために排便困難になったり排便の回数が減ってしまうことを言う。このような状態は慢性腎不全など重度の脱水を起こすような病気に伴って見られることがある。しかし、猫では巨大結腸症といって、重度の大腸の拡張と運動性の低下により排便困難になってしまう病気が多い。この病気は大腸の無力症やウンチの出て行く通路の閉塞によって二次的に起こる。無力症の原因には長期間の拡張や神経の損傷、内分泌疾患などがあり、特発性と呼ばれる原因不明の場合も少なくない。一方、通路の閉塞は、骨盤骨折の不正癒合や大腸・肛門の狭窄などによって引き起こされる。通常、猫の頑固な便秘という話になれば、この巨大結腸症であることが多く、とくに特発性巨大結腸症と骨盤狭窄に伴う巨大結腸症が一般的と言える。

  次のカルテはと手に取ると、猫のバンちゃん9歳。検診とだけメモ書きがある。さっそく診察室に入ってもらった。

  「どうですか?便は形ができてきましたか?」

  そう問うと、

  「はい。エー感じです。楽になりましたわ。」

と、満面の笑みでお兄さんが答えてくれた。

  このバンちゃんとの付き合いは長い。2年ほど前からウンチを出してあげている仲なのだが、先々月にお兄さんが決心してくれて結腸切除術を実施した。その術後の検診なのだ。

  バンちゃんの病名は特発性巨大結腸症。原因不明の結腸無力症によって結腸が極端に拡張し、排便困難となって来院されたのが初診だった。

  この病気の猫では、結腸内に水分を失った巨大なウンチの塊が停滞し、骨盤を通過できなくなることも珍しくない。排泄が困難になると痛みが引き起こされ、ウンチの中の細菌毒素の吸収によって沈うつや食欲不振、嘔吐が見られる。また、必死に排泄しようとして何度もトイレに入って頑張ることで、塊の脇を泥状の腸内容がすり抜けて下痢になることもあり、本当は便秘なのに下痢をしていると考える飼い主さんも珍しくない。バンちゃんのお母さんも実はそうだったのだ。初診時、バンちゃんを連れて来院されたお兄さんの、

  「母が飼っているのですが、バンが下痢をしているらしいんですよ。」

というのが主訴であった。

  身体検査で巨大なウンチの塊を触診し、単に便秘という言葉では表せないほど強烈な排便困難であることを一生懸命説明したものだった。

  治療は大きく内科療法と外科療法に分かれる。重症の場合には水分と電解質を補い、便の軟化剤や浣腸、手指によって結腸を空にし、その後、便秘をコントロールするために軟化剤や緩下剤、蠕動促進薬などをずっと与え続けなければならない。

  バンちゃんも、輸液をし、ウンチの塊を揉み解し、お腹を圧迫することで結腸内容を排泄させた。バンちゃんはよく息んでくれる子だったので、自分の手の圧迫とバンちゃんのいきみの絶妙のコンビネーションで、うまくウンチを出すことができた。もっとも、1時間はゆうに越える処置だったのだが。そして蠕動促進薬と緩下剤の飲ませ方を説明し、ウンチが出ていなければ早めに来院していただくようお願いして初診時の診察を終えたのだった。

  次にバンちゃんが来院したのは1ヵ月後だった。お薬は2週間分しかお出ししていなかった。調子がよくてもお薬だけは続けてくださいとお願いしていたのだが、残念ながら途切れてしまっていた。初診のときと同じように1時間ほどかけて、バンちゃんのいきみと自分の手の圧迫でウンチを出すことができた。結腸無力症は不可逆的な変化なのでお薬はずっと将来まで必要であることを重ねて説明し、十分にお兄さんには分かっていただいたつもりだった。

  その次にバンちゃんが来院したのはまたまた1ヵ月後だった。しかも同じ状況で。同じようにウンチを出しながら、

  「バンちゃん、君もたいへんやろけど、獣医さんもたいへんなんよ。」

と、ちょっとばかり泣きを入れてみると、

  「先生、すいません。母が飼っていまして、自分は別居しているんです。実は薬もろくに飲ませてないようで、飲ませてるかと聞くとちゃんと飲ませていると言うんで信じてたんですが、手をつけていない薬の袋を見つけまして、困ったものです。」

と、お兄さん。

  「そうですか。困りましたね。何とか飲ませてあげる方法を考えないと。。。」

と、絶句してしまった。

  内服していても頻繁にウンチが出なくなるようであれば、結腸を取り除いてしまうような手術も選択肢の一つであることを説明した。骨盤狭窄から生じたものでは、骨盤の再建術が必要であり、慢性的な結腸の拡張が既に6ヶ月を超えているものでは同時に結腸の部分切除を実施した方がよい場合も多い。しかし、バンちゃんの場合は骨盤に問題はなく、内科的にうまくコントロールできる可能性もあるのだ。

  「先生、母ともう一度よく話をしてみます。」

と、なかなかの好青年だ。

  しかし、また次の月も、その次の月も、バンちゃんとはウンチ友達だった。お兄さんも、申し訳なさそうに、

  「また出てないんですわ。」

とバンちゃんを連れてこられる。こちらが返って恐縮してしまうほどだった。聞けばお母さんはかなりご高齢だとか。かといって、毎日飲ませに行くほどの時間はお兄さんにはないようだった。
 
  何とか楽に飲ませてもらえるように、あの手この手と工夫を凝らすが、それにも限界がある。このままでは、当分バンちゃんとウンチ友達を続けねばなるまいと、腹を据えていた。

  そんなあるとき、お兄さんが、

  「手術してもらえますか?」

と、唐突に切り出した。

  「このままではバンがかわいそうやし、先生にも気の毒で。」

  「確かに、十分に内科的な手を尽くしたとは言いにくいですが、このままの状態がベストとはとても思えません。結腸切除術は学問的にはまだ議論の余地はあります。しかし、今のバンちゃんにとっては、かなり前向きな良い選択肢と言ってもよいと思います。」

  そんな話をして、手術が決まったのだった。術後しばらくは下痢になるものの、徐々に治まってくること、長期的には再発する場合があることなどの詳細な説明をした。

  そして、今日の検診だった。完全に便秘と縁の切れたバンちゃんは、細菌毒素の吸収もなくなって毛艶が戻り、若返って生き生きとしている。下痢もかなり改善してきているようだ。

  「よく手術を決心されましたね。」

  そうお兄さんに言葉をかけると、

  「先生がバンとしゃべりながらウンチを出してる姿を見て、このままじゃアカン思いまして。いやー、もっとはよしてもろたら良かった思てます。」

  何よりの賛辞であった。

  「バンちゃん、これでウンチ友達は解消やね。」

  そう話しかけた自分に、バンちゃんは嬉しそうにすりすりしてくれたのだった。

(文責:よしうち)


大阪市の南大阪動物医療センター

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