2005年01月01日 消化器

桃の種の話

桃の種の話

  さて、年もあらたまり、正月休みには町へ繰り出してというご家族も多いだろう。デパートなどではいわゆる「福袋」なるものが人気を呼び、長蛇の列が売り場を埋め尽くす。何が入っているのかと、これは確かに楽しみなものではある。自分たちの仕事でも、いったい何が出てくるのだろうかと、気を揉みながら取り出すといった、どこか福袋と共通した興味を抱いてしまうようなことがままあるのだ。

  桃の種、スーパーボール、おもちゃの積み木、大量のタンポン、毛糸の塊、雑巾、カーテンの一部、ハムに巻いてある紐、針のついた縫い糸、果物のフィギュア、焼き鳥の串、石ころ、硬貨などなど。

  これらは、実際に犬や猫の消化管から取り出した異物なのだ。消化管の中にあった期間はまちまちで、少なくとも半年以上というものから、さっき飲み込みましたと駆け込んでこられる飼い主の方まで、千差万別だ。
  嘔吐などの症状が激しくて来院され、レントゲンで写ってくるものは分かりやすい。しかしレントゲンが透過してしまうような異物で、飼い主の方も飲み込んだことに気づいておられない場合には、診断に手間取ることもしばしばだ。
  次のカルテはと手に取ると、シーズーのハナちゃん6才。きのうから激しい吐き気、とメモがはさんである。

  さっそく診察室に入ってもらい問診と身体検査を始める。

  「どんなものを何回くらい吐いているのですか?」と、問うと、

  「以前から時々はもどす子なんですけど、きのうの夜から10回くらいはもどしたでしょうか。苦しそうに黄色い泡のような水のようなものをもどします。」

  「食欲は全くありませんか。」

  「はい、一切口にしません。」

とのこと。血液検査とレントゲン検査をお勧めし、実施した。

  日ごろは元気の有り余っているくらいのハナちゃんだが、きょうは目も少し落ち窪み、採血にも眉ひとつ動かさない。

  腹部レントゲンと血液検査のデータがあがってくるまでの間に、お母さんに色々尋ねてみると、異物癖はなく、今回の症状に思い当たる節は全くないとのこと。

  血液検査の結果が出たが、中等度の脱水以外に、これといった異常値はない。続けてレントゲンのフィルムが上がった。

  胃の幽門部がやや拡大し、粘膜面にかすかな石灰沈着のような像。これだけでは何ともいえないが、胃の腺癌とも異物ともとれる。さらに精査を進めるべきだが、バリウムを飲ませて造影検査をするか、胃カメラを飲ませるか、今の激しい吐き気では、バリウムも吐いてしまう可能性が高い。粘膜面に異常があるのならば、胃カメラでその一部をバイオプシーして病理診断へまわすのがベストだ。バリウムを飲んで異物と判明しても、バリウムが邪魔ですぐに胃カメラで取りにはいけない。ならばと開腹術を選択するにしても、切開部から漏れ出るバリウムに神経を使わなくてはならない。

  読影をしながら、瞬時に様々な思考が頭の中を駆け回る。幽門部の所見の説明をしながら、内視鏡検査がもっとも負担が少なく確実に問題解決への最短距離を進むことができると熱心にお話した。

  「お願いします。これ以上ハナちゃんの苦しむのを見たくはありません。」

  「そうですか。ご理解いただけましたでしょうか。一番良い選択だと思います。」

  そう言ってハナちゃんの頭をなでる。腺癌や肥大性の胃腸疾患の場合には、即解決にはならないが、確実な病理組織診断を得ることができる。異物ならばものにもよるが、うまくいけば内視鏡で取り出すことも可能なのだ。

  お母さんには、一時帰宅していただき、ハナちゃんをお預かりして外来終了後に内視鏡検査を実施することとなった。それまでの間に、静脈点滴を実施し、脱水の補正をおこなう。


  外来終了後、内視鏡が準備され、プロポフォールがIVCカテーテルを通してハナちゃんの静脈内に入ってゆく。程なく、気管チューブが挿管され、心電図や終末CO2、酸素飽和度、麻酔ガス濃度などのモニター類が接続される。準備完了だ。

  自分が内視鏡の操作を担当するメインオペレーターをやり、スタッフに内視鏡の押し引きを担当するサブオペレーターを任せる。それ以外にも、麻酔係やバイオプシー係など何人かのスタッフが見守ってくれている。内視鏡を口腔内から食道へと進め、胃の噴門部分を通過させる。直後モニターには何も映らない。胃をエアーで拡張させるとだいだい色の胃の内壁が明瞭に見えてくる。胃底部へ向かったところで、遠くに黒色の何かが見えた。幽門部にブラックホールがあるようにも見える。一直線で近寄ると幽門洞にすっぽりとはまり込むように黒い物体が確認できた。

  「何やこれ」と思わず誰かが叫んだ。

  みんなの視線がモニターに釘付けになる。表面が黒光りして球形の硬そうな異物であることは間違いない。

  「でかいっすねー。取れますかねー。」と誰かがささやく。

  「やるっきゃないやろ。バスケットたのむわ。」

とバイオプシー係のスタッフにオーダーする。鉗子口からバスケット鉗子を挿入してもらう。程なくモニターに内視鏡の先端から出てくるバスケット鉗子が映る。バスケットといっても4本のくの字型をしたワイヤーを上下で束ねた骨だけのぼんぼりのようなものなのだが、これをくの字が一直線になるように伸ばしたまま異物の脇に滑り込ませる。そして前後に揺さぶりをかけるように動かしながらくの字になるように拡げていく。内視鏡の方向を自分が、前後の揺さぶりを押し引き係が、くの字の開き具合をバイオプシー係がそれぞれ担当しながら、「押して、引いて」と掛け声がとび、最後に異物がバスケットの中にすっぽりと収まった。

  「よっしゃがっちり捕まえてや、手応えあるか」と鉗子係に確認した。

  「ばっちりです。」の答えを聞くが早いか、

  「抜くでー。」と叫んで内視鏡ごと引き抜きにかかる。

  口からずるずると引き抜かれた内視鏡の先端にはバスケットに収まった球形の黒い異物がぶら下がっている。期せずして沸き起こる拍手。

  果たして、球形の黒い物体は、月日を経て黒く変色し鈍い光沢さえあるような桃の種だった。粘膜面の石灰沈着のようなレントゲン像は幽門洞にすっぽり収まり粘膜と密着していた桃の種の殻の部分だったようだ。
  翌日、ハナちゃんは何事もなかったかのようにフードを平らげてしまった。お迎えにこられたお母さんに丁寧に包んだ桃の種を進呈する。

  「これですかー。信じられないですわ。」とお母さん。

  一番苦しかったのはハナちゃんなのだが、顔を見るなり

  「あんたアホやねー。いやしいからやで。」

と、お叱りの一言。ただしこれは大阪人一流の照れ隠しに違いない。そこはそれ全く動じずにハナちゃん、尻尾を振って抱っこをおねだりしている。
  異物の診断は難しい。「種飲んでしもた」と一言しゃべってくれれば、だれも悩まずに済むことも、福袋の中身同様、闇の中なのだ。獣医師の宿命というべきか、とにもかくにも万事解決だった。

  「ハナちゃん、おなか切らんで済んでよかったなー。」と話しかけたが、

  当のハナちゃんは、どこ吹く風。ただただ嬉しそうにははしゃぎまわり、そして得意満面にお母さんの腕に抱かれて帰っていったのだった。

(文責:よしうち)


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