2005年02月01日 腫瘍学

肛門の話

肛門の話

  今年は年初からとんだことになってしまった。あろうことか、自分自身が「痔」を患ってしまったのだ。その痛いこと筆舌に尽くしがたいにもかかわらず、お尻をかばって歩く姿は、なぜか笑いを誘ってしまうのだ。患ったものにしか分からぬこの辛さ。粛々と治療にいそしむ毎日なのだが、強敵が居る。次々と訪れる新年会の予定。少しマシになったかと思うと、宴会の翌日にはアルコールのせいか、一段と腫れがひどい。外痔核なのだから切除してしまえばと思いつつ、自分自身でやるわけにもいかず、悶々としている。自分の病院にはCO2レーザーメスもあれば凍結手術プローブもある。痔の手術ではもっとも痛みが少ないと言われているツールが二つとも目の前にあるのだ。「もう少し内科的治療を続けて。。。」などと、自分のこととなるとからきし意気地のない毎日を過ごしている。

  動物はというと、ヒトの痔に相当するような疾患はない。これは二足歩行をし、椅子に腰掛けるという生活を始めてしまった人類のみが味わう苦痛なのかもしれない。しかし、肛門という部分は、単に消化管の終末部分というだけでなく、直腸と会陰部の皮膚を橋渡しする粘膜皮膚移行部であり、排便という作業のために外括約筋と内括約筋を持ち、肛門周囲腺という汗腺の変化したいわば潤滑液を分泌する腺を周囲に持つ複雑な部分で、腹腔の一端を閉鎖し、かつ動物たちは肛門嚢という臭いつけの道具までをも備えている。何らかのトラブルが発生しても不思議のないダイナミックな部分であることは間違いない。
  次のカルテはと手に取ると、ビーグルのりゅうくん、10歳。「痔になった」というメモ書きを見てドキッとする。これは他人事、いや他犬事ではない。
 早速、診察室に入ってもらい話を聞く。

  「りゅうの肛門のところにイボ痔みたいなのができて、出血してるんです。」

と、おかあさん。

  痔に詳しそうな話しぶりからおかあさんも痔の経験者なのだろうか?などと余計なことを考えてしまう。

  「そうですか、拝見しましょう。」

と、りゅうくんを診察台の上に乗っけてもらう。

  かに、肛門の2時くらいのところにビー玉大の出来物があり頂上がくずれて出血している。すかさず会陰部に手を滑らせて睾丸を触診する。立派なものが二つある。続けて身体一般検査を済ませてからりゅうくんには診察台から降りてもらい、説明を始めた。

  「これはヒトの痔とは少し違うんですよ。」

  「でも、痔そっくり。。。」とはおかあさん。

  「そうですね。私も経験がありますから。」

と、冷や汗に気づかれないように詳しい説明を始めた。

  ヒトにもイヌにも肛門周囲腺という汗腺が変化した腺組織が肛門の周りをグルリと一周取り囲んでおり、排便時の潤滑に一役買っている。この腺組織が腫瘍化したものを「肛門周囲腺腫」という。この肛門周囲腺腫はイヌの肛門周囲の腫瘍の80%を占め、こと雄イヌに限定すれば全腫瘍中第3位の発生頻度で、もっともポピュラーな腫瘍のひとつだ。名前からも分かるとおり良性の腫瘍なのだが、肛門周囲腺癌と呼ばれる悪性の腫瘍である可能性も否定できない。なぜなら見かけ上は全く区別がつかないとされているからだ。けれども、肛門周囲腺癌の発生頻度は低く、かつ、この同じ肛門周囲腺から発生した良悪二つの腫瘍には決定的な違いがある。肛門周囲腺腫はホルモン依存性であり、肛門周囲腺癌はそうではない。つまり、肛門周囲腺癌は雄・雌・不妊去勢手術の有無に関わらず一定の低い頻度で発生する悪性腫瘍だが、肛門周囲腺腫は去勢していない雄イヌに圧倒的に多発する良性腫瘍で、中高年男性病という事ができる。しかも、この肛門周囲腺腫を持つ雄イヌの睾丸には間質細胞腫とよばれる睾丸の腫瘍も発生していることが多い。

  このような説明をしながら、今後どのようにしてゆけば良いかという話しに移っていった。

  「りゅうくんの肛門の出来物はそういうことで、立派な睾丸を持っていることからも、まず、良性の肛門周囲腺腫と考えてよいと思います。良性といっても、このままではどんどん大きくなってさらに崩れていきますし、肛門周囲腺のほかの部分にもどんどん発生してきます。そういうことで、ほかの部分の発生を抑える意味も含め、去勢が必要ですし、出来てしまっているものは、切除する必要があります。」

  手術は、肛門嚢腺癌や肛門周囲腺癌などの悪性腫瘍でないことを確認してから実施する必要があり、主たる転移先となる腰窩リンパ節に異常がないかどうか、肛門嚢の腺癌で認められる高カルシウム血症がないかどうかの検査を、通常の術前検査に含めて行う必要があることを説明した。

  「痔でないことも良く分かりましたし、手術の必要なことも。悪性でないかどうか確認いただいて、なるべく早くすっきりさせてやってください。」

  きっぱりと、おかあさんは決断してくれたのだった。
  3日後、悪性腫瘍の所見もないことから手術となった。

  りゅうくんに全身麻酔を施し、肛門部を除いてドレープで覆う。肛門周囲の血管の豊富な組織の手術では、止血能にすぐれ、ほとんど炎症を起こさないCO2 レーザーメスがうってつけだ。術野を見にくくする出血は最小限で済み、手術時間は飛躍的に短縮される。術後の腫れや痛みもずいぶん少ない。
  肛門周囲腺腫の切除と去勢を終え、吸入麻酔のガスを切る。自発呼吸が強まり、眼瞼反射が戻り、そして、おぼろにりゅうくんの意識が戻ってくる。

  「りゅうくん。おわったよ。りゅうくん。」

  頭をなでながら呼びかけることは、覚醒時の不安感や痛みを抑える効果があると、パドルフォードという麻酔の専門医に教わった。
 
  ほどなく、頭を持ち上げるりゅうくん。と、その時、きりりと自分のお尻に痛みが走った。術中にはすっかり忘れていた痔が痛む。手術もお酒と同じくらい痔には悪いのかもしれない。

  「あーりゅうくんがうらやましい。CO2で何とか自分の痔は切れないものか!」

とは、その日の術後の哀れな獣医の嘆きだったことは言うまでもない。

(文責:よしうち)

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