腫瘍学

再びおできの話

再びおできの話

  何年か前に「おできの話」というのを本欄で書かせていただいた。それ以後もでき物の話は幾度か登場したように思うが、その度に「出物腫れ物ところ嫌わず」などと、月並みな引用句を引っ張り出してくるこの進歩の無さと反省しつつ、今回再びおできの話。
 
  好むと好まざるに関わらず新しいカタカナ言葉が次々と登場してくる昨今だが、ビヘイビアというのもそのひとつだろう。行動という意味合いだが、人の素行の話であったり、動物の行動学であったり、様々な場面で用いられているようだ。しかし、学術的な場面で用いられたときには結構シリアスな話のこともある。

  人や動物の体にできる腫瘍の場合がそうだ。腫瘍の一部を病理組織学的に精査し、グレード分けやTMN分類をする。その結果から悪性度の高さや予後を判定するわけだが、腫瘍の生物学的な動態が予後を大きく左右する場合も多い。この生物学的な動態もビヘイビアと表現される。いうならばお行儀の良い腫瘍もあれば、非常に素行の悪い腫瘍もあるということなのだ。
  次のカルテはと手に取ると、マルチーズのチーちゃん10才。「背中におでき」とメモがある。10才はすでにガン年齢で、しかも犬の皮膚の腫瘍は人よりもはるかに発生が多い。皮膚肥満細胞腫のようにビヘイビアが悪くすぐに付属リンパ節に転移したり、腫瘍随伴症候群といった二次的な問題を引き起こす可能性の高い腫瘍や、有効な治療手段のない皮膚型リンパ腫、組織球腫や基底細胞腫のように切除すれば完治するもの、皮脂腺腺腫のようにそのままおいておいても命に関わらないものや、毛包炎のように皮膚炎のひとつだったり、母斑つまりホクロのように皮膚が変化しただけのものまで、それこそ命を脅かす悪魔のようなおできから何でもないものまで千差万別といってよい。

  「ビヘイビアの悪いものではありませんように」と祈りつつ、チーちゃんに部屋に入ってもらった。

  「おできというのはどれですか?チーちゃんは気にしていますか?」

と問いかけると、

  「これなんです。」

と、お尻に近い背中の純白な毛を掻き分けながら、

  「時々口で噛んでは血を出すんです。」とのこと。

  その指先を良く見るとチョコレート色のかさぶたを被ったマチ針の頭くらいのでき物が顔をのぞかせた。

  「知り合いに悪性のガンかもしれないと脅かされて。。。手術しないとダメでしょうか?」

と、お母さん。

  「そうあわてなくてもよいですよ。じっくり見てみましょう。」

  そういいながら、ガーゼでかさぶたをそっとはがした。
  わずかに出血が見られたが、すぐに止まった。表面はカリフラワーのようで皮膚からピョコンと飛び出している。

  「脂腺の腺腫のようですね。悪いものではないと思いますよ。」

  「気にしてかじってるみたいですから、すぐに取っちゃいましょうか。」

  事も無げに「取る」という言葉が出たので、お母さんは驚いたようだった。

  「CO2レーザーというのがありまして、チーちゃんが少しだけ我慢してくれれば、麻酔しないでもきれいにとることができます。蒸散というのですが、要するにレーザーでおできを蒸発させてしまうんですね。」

  「ただし、蒸散してしまうと組織検査はできませんから、悪性腫瘍の可能性がある場合はしないほうがよいと思いますが、そこまで慎重になる必要のない腫瘍だと思いますよ。」

  「そうですか。麻酔無しですぐにしていただけるんでしたら、それに越したことはありません。」

  「それじゃ」ということでレーザーを準備し、局所麻酔のゼリーをおできに塗布する。

  「この子おこりんぼさんなので、大丈夫かしら。」

と、お母さんは心配顔だが、看護婦さんが保定するが早いか、瞬く間にレーザービームがおできを蒸散させ、1分もかからないうちに全てが終わってしまった。おこりんぼさんが怒る間もなしというところだ。
  「皮脂腺の腺腫は次々できてくることもあって、老齢になってからは放置されることも多いのですが、気にして出血させたり、しょっちゅう舐めているようなら取ってあげる方がよいですよね。レーザーなら麻酔不要で、何才になっても蒸散できますから安心していてください。」

  すっきりしたチーちゃんとお母さんの満足げな顔が「ウンウン」とうなずいていた。

(文責:よしうち)



大阪市の南大阪動物医療センター

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