エキゾチック

「ウサちゃん」の話

「ウサちゃん」の話

―アーバンラビットライフ―
  「精神年齢」なるものがあるのは知っているのだが、その実この用語が何を意味するものなのかを詳しくは知らない。しかし、自分自身はきっと精神年齢が低いのではないかと疑っている。そもそも今から30年以上も前になるのだが、中学生時代に獣医さんになりたいと思い始めたのも、大阪市内の外れという環境に育ち、自然がふんだんに身の回りに残り、家の庭には多くの犬や猫が自由に遊びまわっているという環境があったからだろう。その頃、自分の興味は静的な植物より、動きのある動物に向き、その動物の中でも1頭だけ飼っていた牛小屋の牛よりも、働きかければ反応してくれる犬や猫の方へとひき付けられて行ったのだった。より静的なものに気持ちが向くためには、より高い知性の発達が必要に違いないというのが、自分は精神年齢が低いのではという根拠になっている。

  ここ何年来の傾向として、家庭で飼育される動物事情に変化が生じている。コンパニオンアニマルとしてのウサギの増加だ。日本における第3のコンパニオンアニマルとして、不動の地位を築きつつあるといってよいだろう。この傾向はアメリカでも同様だ。イヌやネコに比べればはるかに寡黙なウサギだが、そのウサギを可愛がる人たちはイヌ派・ネコ派の人たちに勝るとも劣らない熱心な人たちなのだ。イヌやネコよりシャイで感情を包み込みいつも奥ゆかしいウサギに、イヌやネコ以上に愛情を感じてしまう人たちは、より高い知性の持ち主なのかもしれない。
  期せずして、雑食動物のイヌと、肉食動物のネコと、そして草食動物のウサギがコンパニオンアニマルの代表という呉越同舟的状況に、動物種が違い、体の仕組みも違い、したがって接し方、飼い方も大きく異なってくるはずなのだが、ペットショップで購入するフードの種類がドッグフードかキャットフードかラビットフードかという違いくらいに考えてしまうと、とんでもないことになる。今月はいつものコラムをお休みして「ハッピーラビット」を少し考えてみようと思う。
  日本の住宅事情を揶揄してウサギ小屋と呼ぶことがある。そもそもそのウサギ小屋そのものの認識がウサギ派の人たちからすれば歯がゆいに違いない。ウサギはウサギ小屋で飼うべきものなのか、まずこの固定観念を捨てることからはじめよう。

  ウサギを第3のコンパニオンアニマルと前述したが、少なくともコンパニオンアニマルと呼ぶ以上、ヒトとウサギの間にお互いに影響しあえる何かがなければならない。インタラクティブな関係であることがコンパニオンアニマルの条件のひとつなのだから。そして、そのためにウサギを十分に理解することを避けて、いっしょに暮らすことはできない。ケージの中に閉じ込め、ラビットフードを与え、掃除をするだけではウサギはコンパニオンアニマルにはなれないのだ。

  ウサギはイヌやネコと比べると、遥かに野性をたくさん残している。けれども、家ウサギは野ウサギとは明らかに違う。人間を受け入れることが出来るのだ。イヌやネコほどとはいえないが、しかし確実に人間と共棲可能なレベルといえる。そこがウサギ派の人たちにとってはたまらないのかもしれない。人間べったりのイヌたち、媚びることはしないがおねだりをするネコたち、そして全くもってわが道を行くウサギたち。それぞれに愛しい動物たちにちがいない。
  ウサギたちが野性をたくさん残しているということは、その部分では決して共に生活する人間のために譲歩してくれることはないということだ。例えば室内でウサギを自由に走り回れるような飼い方をするとする。ウサギは自分の決めたところで排泄するようになる。そこにトイレシートを置いておけばそこがウサギのトイレになる。けれども、その場所はウサギ自身が決めるのであって、そこが人間にとってけっこう辛い場所で移動させたいと思ってもそれは決して聞き入れてはもらえない。これがウサギと共に生活するということなのだ。

  けれども、人間の方にも都合というものがあり、許容の範囲というものがある。少々柱の角をかじられようが、ミニコンポを台無しにしてくれようが、

「あれ!こんなことしちゃだめだった?」と、

  目をクルクルさせながら許しを請われれば、たいていのことは許せてしまう。しかし、ウサギが性成熟し、発情の時期がくれば、これがウサギと共に生活すること、などとのんきなことを言っていられない状況になることもある。こんなにも献身的な人間のことなど頭の片隅にもない。本能に突き動かされ、マーキングに夢中になり、それを止めようとする人間に対して攻撃的ですらある。共に生活するのであれば目覚めてもらっては困る野性もある。少なくとも不妊・去勢手術によって、性的な呪縛とは無縁な、常に人間とコンタクトの取れる状況を整えることは可能なのだ。(ニュータードとインタクトを参照されたい)確かにウサギの全身麻酔のリスクはイヌやネコより高い。その全身麻酔のリスクを冒してはじめて子ウサギの頃のハッピーライフをいつまでも続けることが出来るというのが現実だ。さらに、不妊手術には余禄もある。♀のウサギの子宮がんの発生率は高い。高齢になればかなりの割合で子宮がんに侵される。これを予防することにもなるのだ。
  もうひとつ、イヌやネコとウサギが大きく違うところは、野性の世界では常に捕食される側の動物だということだろう。草をはみ、自分の身に危機が訪れれば全力で逃げるしかない。このときにウサギの体の中では、アドレナリンが大量に放出され、血圧が上昇し、平常時の何倍ものパワーでダッシュする。「脱兎の如く」という言葉はまさに真実を射ている。この危機から逃れるためのシステムは時には限界を超え、ウサギ自身の心臓を破裂させてしまうこともあるほど凄まじい。このシステムがさまざまな場面で問題となる。家庭でのウサギの事故はたいていこれが原因で起きる。捕食される側ということは常に敏感に危機を察知するという本能が働いている。たとえば牧草を入れたバスケットに手が挟まったとする。不幸なことにその瞬間に家の前で大きなクラクションの音が鳴り、反射的に危機を感じたウサギがジャンプして、自身の脚力で腰椎骨折などというとんでもない結果を招いたりもするのだ。

  そういう意味で、ウサギが危機を感じるような状況は、これすべて潜在的に事故の可能性を秘めていることになる。すなわち、ひとつはまだ分別の付かない人間の子供であり、ひとつは病院での治療なのだ。小さい子供はウサギがそこまでデリケートなのだということが分からないし、病院での治療はデリケートであることを獣医師が十分承知でもウサギにとって嫌なことをせざるをえない場面が多い。ともに、結果的に事故が発生する確率が高いということになる。

  病院での処置の際に事故を防ぐには、無論スタッフが扱いに習熟することが第一だが、さらにスタッフが危険と判断した場合には早めに麻酔下での処置に切り替えた方がよい。麻酔にはリスクが付いて回る。しかしそのリスクを冒しても、無麻酔で処置を続けることの方がはるかにリスクの高い場合もあるからだ。

  ここで、イヌやネコとウサギの麻酔リスクについて考えてみよう。イヌやネコは危機を感じてもじっと耐え、反撃に転じる隙を見つけようという忍耐力がある。つまり我慢することの出来る動物たちだ。これをストレス耐性があると表現するのだが、一方、ウサギには危機を感じてじっと耐えていれば、そこには捕食されるという結末しか用意されていない。したがって即刻アドレナリンを大量放出し脱出を試みるしかない。つまりストレス不耐性ということになる。これが麻酔リスクの根源的な原因となる。大量に放出されたアドレナリンなどのカテコラミンや種々の物質によって、麻酔薬の必要量は予測できなくなり、不整脈などの循環器系への影響も現れる。実際、血液中に放出されたアドレナリンは麻酔の効き目をじゃまする。したがって、通常の用量の麻酔薬では不足ということになり、不足した麻酔薬で意識が残っていればさらに危機を感じてアドレナリンが放出されることになる。反対に効き目がじゃまされることを見越したつもりでより多くの麻酔薬を使用すれば、時には過剰投与による呼吸抑制が現れたりもする。どんどん危険なゾーンへと入り込んでしまうのだ。さらに悪いことに、ウサギの咽喉頭の構造的な問題も加わる。イヌやネコに比べ極端に小さく、気道確保が難しい。気管チューブを用いての吸入麻酔ではなくマスクによる吸入麻酔になる。気管チューブの挿入が絶対的に不可能ということではないのだが、無理をして挿管すればこんどはそのために気道の浮腫を招くことがある。やはりマスクの方が安全というのが結論となる。このようなリスクが麻酔の前、導入時、最中、覚醒時、そして麻酔後に控えているということなのだ。

  ウサギの治療にはそういう意味でリスクが付きものと考えていただけるとありがたい。これは責任を逃れようという意味ではなく、ヒトやイヌやネコと同じように事故がなくて当たり前と考えていただくと、獣医師のほうが精神的に潰れてしまう。事故はいつ起きても不思議はない。可能な限りそれを無くそうと努力していることをご理解いただきたい。元気になってまたおいしそうに牧草を食べる姿を見たいという気持ちには、ラビットオーナーや獣医師の違いはないのだから。
  このようにウサギの治療に危険が付きものという事実は、とりもなおさず、病気にならずにいつも健康なら、そのリスクを冒す必要がないということになる。避けがたい病気や怪我もあるが、反対に、こんな風にしていれば避けることが出来たのにということも多い。

  食事管理に関連した病気は相当に多く、正しい知識が広まれば確実に減らすことが出来るはずなのだ。最近でこそ質の高いペレットフードや牧草が入手できるようになったが、以前は俗に毛球症と呼ばれる繊維質不足による麻痺性イレウスのウサギがよく病院を訪れた。その数はかなり減ってはきているものの、ウサギの食事の問題はまだまだ大きい。最大の問題はペレットの多給による肥満と良質な繊維つまり良い牧草の不足による咬合の異常の二つだろう。基本的には最小限のペレットフードを定量給餌し、自由に採食できるように良質な牧草をふんだんに与えることをお勧めしたい。成長期にはカロリーの高いマメ科のアルファルファベースのフードも悪くはないが、肥満傾向があればイネ科のチモシーベースの方がよい。また、アルファルファやアルファルファベースのフードの多給は炭酸カルシウム結石の原因ともなる。アルファルファの嗜好性は高いのだが好むからといってそればかりを与えたり、与えすぎてしまったりは、肥満ウサギのもと。時には膀胱にパチンコ玉のような石ができて最悪の場合排尿困難から命に関わることもあるのでご用心。  



  牧草の効用はそれだけではない。歯の問題とも密接に関わっている。ウサギは草食の動物なのだから、きちんと草を食べ、歯ですりつぶし、後腸で発酵させるという本来の姿を維持し、それだけでは不足しがちな栄養素をペレットフードや野菜などで補うのが理想だろう。歯は使わなければきちんと磨耗しない。過長歯や偏磨耗した歯は単にうまく食べられなくなるという問題にとどまらない。歯根端に膿瘍を形成し、難治な感染を引き起こすことになる。おいしい牧草をうれしそうに食べるウサギはそれを見ている人間まで幸せにしてくれる。モグモグとしっかり噛みたくなるおいしい牧草こそ、ウサギの歯の健康を維持するためになくてはならないものなのだ。


  ヒトは知的に発達すればするほど、多くのものを寛容に受け入れることが出来る。今から20年前にアーバンラビットの出現を予期した動物好きがいただろうか。多くの野性を受け入れながら、家庭を棲家と信じて疑わない洗練されたウサギと共に暮らす喜びは、イヌと共に暮らす、ネコと共に暮らす、それ以上に多くのものをウサギから与えてもらうということなのかもしれない。多くの理屈は不要だろう。牧草をモグモグ食べているウサギを見ているだけで、いっしょに暮らしているだけで、心に暖かいものがしみこんで来る。

(文責:よしうち)


大阪市の南大阪動物医療センター

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